172話・早まるなとは何事だ
おどおどと不器用にもこちらに合わせてくるレナータが愛おしい。レナータが欲しい。強烈にそう思った。
「レナ。愛している」
「ヴァンさま」
レナータの戸惑いが見て取れた。そこで自分の気持ちを伝えようと思った。
「おまえは余の事を父親か、保護者のようにしか思ってないだろうが、余はおまえを女として魅力的で好ましく思っている。出来ることならおまえと結ばれたい」
「ヴァンさま。早まらないで。変な夢を見たことで気持ちが落ち着かないだけですよ。きっと」
真摯に想いを伝えたのに、彼女から返ってきたのは色気のない返事だった。
軽くあしらわれた気がする。なぜだ。キスには応じたのに。それ以上はまだお預けか?
早まるなとは何事だと言えば、だってヴァンさまはおもてになるではないですか? だと。レナータは自分のようなお飾りの妻に手を出さなくとも、あなたならば他に幾らでもお相手をしてくれそうな女性が現れると思うからなどと言ってくる。
「おまえって奴は……。他の女などおまえの前では霞んで見える。食指が動かぬわ」
「ヴァンさまは私のどこがそんなにも良いのですか?」
「全部だ」
「嘘だ」
「嘘じゃない」
レナータの問いに即答すれば、レナータは眉根を寄せた。信じてないようだ。どうしてそんなにも自己評価が低いのだろう。幼い頃から自分のお気に入りとして愛でてきたし、今ではこんなにも自分の胸の中を占めているというのに。
「どうしてレナは自己評価がそんなに低いのだ?」
「だって……。夜会ではいつも壁の花で異性の誰かに声をかけてもらったことはないですし、ダンスのお誘いなんてされた事も一度もなかったですし、私が声をかけようとすると大概の貴族の子息の方々は、それまでちらちらとこちらを窺っておきながら、急に用事が出来たような事を呟いていち早く私から離れていましたし……」
レナータの言葉には覚えがあった。全部自分のせいだ。
「すまん。それは余のせいだ」
彼女の発言でそれまで頭をもたげていた邪な思いが霧散する。彼女の隣に寝転がるとレナータが怪訝そうに見てくる。
「貴族の子息らには、レナータは余のお気に入りだから手を出すなと釘を刺していた(おまえは姪だしな)。それで皆、レナータに言い寄りたくとも、余の目が怖くておまえに声をかけるのはもちろんのこと、誘いをかけることも出来なかったのだろう」
レナータはアレクセイ兄上の子だ。変な虫がつかないように目を光らせていたと言うとレナータは変な方向に受け取ったようだ。
「え、うそ……私がそんなに小さい時から? ヴァンさまはもしかしてロリコン?」
そんなわけがあるか。おまえは自分にとって可愛い姪だから牽制していただけだ。
「おかしなことを考えているな? 余はバラムの事を思って周囲の男達に釘を刺しておいただけだからな。おまえに何かあったならバラムが悲しむ」
もっともらしいことを言えば、レナータがまだ信じられないように「本当ですか?」と凝視してくる。
本当だと言えば嘘くさいと言われるし、では何と言えば信じてくれるのか。
しかも「確かにそういうのは本人の嗜好もあるでしょうから私がとやかく言うことではないと思いますけど、相手との合意でお願い致しますね」ってどういうことだ?
嗜好って何だ? 自分には幼女を抱く趣味はないぞ。相手との合意って……。さすがに凹むな。




