170話・夢を見た
その晩。夢を見た。辺境からアレクセイ兄上が謀反の疑いをかけられて拘束されたと聞き、宮殿に向かって馬を走らせた時のことを。
気が急くばかりで一向に馬の足が進まない。どうにか宮殿にたどり着き、そこにいた実母や将軍に詳細を訊ねようにも軽くあしらわれてしまう。
もどかしさで一杯になる中、兄達が処刑され姉のソニアは残っていると知らされる。姉が幽閉されている塔へ向かうと姉がラーヴルに頭を押さえつけられていた。
「止めろ──!」
ラーヴルを姉から引き剥がし、ソニアを抱きしめると姉は自分の腕の中で息絶えた。
「姉上! 姉上っ。目を開けてくれ。死ぬなっ。置いていかないでくれっ」
その自分を隣から揺り動かす存在があった。
「ヴァンさま、ヴァンさまっ」
「……レナ?」
「魘されていました。何か悪夢でも見たのですか?」
その存在に気を引き寄せられるようにして目が覚めた。悪夢を見ていたようだ。姉の死を夢見て魘されていたらしい。
昼間のヨアキムの一件が後を引いていたのだろうか? ソニアの夢を見るとは。
「姉上が死んだ夢を見た」
レナータが息を飲む。それほどまでに自分は酷い魘され方をしていたのだろうか?
「あれから何年も経つというのに忘れられぬ。時が来たら姉上の事は解放しようと思っていた。その為に独房へ入れられていたのだ」
テオドロスと密かにラーヴルの目を盗んでソニアの周囲の兵をこちらの手の者と入れ替えた。それだけで安心してしまっていた自分の慢心だ。
「独房なら奴らの手も届かないと思っていたのだ。見張りの兵も増やしていた。それなのに……」
まさか直接ラーヴルが姉の元へ赴いて暴力を振るうとは思いもしなかった。いくら自分の配下の元とはいえ、将軍を前にして見張りの兵が動く訳にもいかず、ラーヴルの思うような展開に導いてしまった。
くそっ。今もなお、後悔に見舞われる。
「余は姉上を救えなかった。夢の中でも一歩出遅れてしまう。あともう少しで姉上を救えるところだったのに……」
「ヴァンさま。お着替えをなさいませ。体が冷えています。風邪をひかれますよ」
その言葉に自分の寝間着が汗でぐっしょり濡れていることに気がついた。レナータに促されて肌に張り付く寝間着を脱ぎ、新しいものに着替えてから再び寝台に戻るとレナータが待っていた。
「ヴァンさま」
「ん。何だ?」
「ソニア殿下はどのような亡くなり方をされたのですか?」
「姉上は幽閉されていた塔で毒を盛られて亡くなられた」
「服毒ですか?」
「ワインに毒が仕込まれていた。毒は即効性のものではなくて思考を徐々に奪っていく物で……」
「ワイン?」
「毒入りワインを飲んで嘔吐した上に、意識が朦朧としていて足でも滑らせたのだろう。頭を強く打ったのが致命的になったようだ」
あの時のことは昨日の事のように思い出せる。レナータは黙って話を聞いてくれていた。
「兄上の時は間に合わなかったから、せめて姉上だけでもと思い、馬を駆らせたのに間に合わなかった……」
「アレクセイさまとは仲が宜しかったのですか?」
「ああ。余の上官がアレクセイ兄上だったからな。余が入隊してすぐに声をかけて下さった。優しい御方だった」
自分のことを親身になって面倒を見てくれた方だ。恩も感じている。本人は知らないが、兄上の娘であるレナータとこうして向き合っているのは不思議な縁のようなものを感じた。




