17話・使用人は空気のようなもの?
でも、前世の私は使用人に傅かれている生活をしていた。その時、使用人に対してどういう態度を取っていたのかしら? と、疑問が湧いた。
すると脳裏に浮かび上がってきた光景があった。それは五つ年の離れた弟王子アレクセイとの会話だった。私が二十五歳の頃で、アレクセイは二十歳になっていた。
「アレク。あなた女官に一々、お礼なんか言わなくてもいいわよ。そんなもの不要よ。彼女達は空気みたいな存在なんだから」
「姉上さま。それは違うと思うよ。彼女達は確かに使用人で僕たちに使われている立場だ。でも、僕たちと同じ血も涙もある人間なんだ」
「アレクは優しいのね。でもそれでは駄目よ。そんなことではあの女につけ込まれるわよ」
「姉さま」
何気ない日々の中での事だったと思う。その頃の私は、父王が私とそう年の変わらない若い愛妾に、子供を産ませた事を良く思っていなかったのだ。
その女はもともと女官だったのもあり、使用人が父王に色目を使ったようにしか感じられなかった。そして父王の下へその女を易々と近づけてしまった側近らにも裏切られたような気持ちで一杯だった。
あの女が現れなければ、父王は私達の母である王妃と不仲になることもなかったのだ。あの女が現れてから父は変わってしまった。母を遠ざけ、愛妾を寵愛して常に側に置きたがった。
母が悲しみのあまり儚く亡くなってしまった時でさえ、父王はあの女と寝台の中にいた。
弟王子のアレクセイは、人を疑うことを知らない王子だ。彼の素直さが危うく思われて私は心配していた。
──そうか。私は使用人の事を良く思ってなかったんだわ。
前世の私は猜疑心に苛まれていたから。
「……ナ。レナ。聞いているか?」
「陛下?」
「ぼうっとしてどうした? 熱でもあるのか?」
イヴァンに顔を覗き込まれて、私は首を横に振った。
「何でもありません。考え事をしていたのです」
「何を考えていた?」
まさか前世の事を思い出していました、だなんて言えない私は話を誤魔化した。
「ヨアキムさまが今、いるとしたらどこだろうかと」
「まだ奴のことを考えていたのか? どうせ考えるのなら余のことでも考えたらどうだ?」
「へい……、ヴァンさまのことでしたらいつも側にいるのですから考えている暇も無いですわ」
危うく陛下と呼びかけそうになったら、イヴァンに軽く睨まれたので言い直した。それで良かったようだ。睨んでいたのが笑顔になる。
「そのうち観念して奴も捕まるだろう。相手は泣く子も黙るキルサン将軍だからな」
「そうですねぇ」
なんて陛下と話していたが、それからしばらく経っても一向にヨアキムが捕まる気配はなく、捜査は難航した。