169話・期待してなかったわけじゃない
「余の妻を貶める気か?」
その言葉でハッとした様子を見せたが気がつくのが遅すぎた。今まで見逃してきたツケが回って来たような気がした。ヨアキムをこのままにはしておけない。
「連れて行け。キルサン。この者は生かしておいても害にしかならない。毒杯を与えよ」
せめて幽閉先で大人しくしていてくれたなら命までは奪おうとしなかったものを。政略結婚の意味を考え、許婚であったレナータとそれなりに良き関係を結んでくれていたのなら王位さえ廻ってきたものを。無念でしかなかった。
「父上!」
王妃の不義の子が自分を呼ぶ。助けて欲しいと救いを求める。
「お許しを。僕はただ、アリスを殺されたことで……」
「あの悪女の名など聞きたくもない。悪女に毒されたおまえは見苦しいだけだ」
「父上!」
縋るような目線から視線を反らした。耳朶を打つ声が心を揺らす。
頼む、早く行ってくれ! 何も知らないおまえに真実をぶちまけてしまいたくなる。おまえは自分の子じゃない。王妃とキルサンとの間に生まれた子なのだと。自分の血を一滴も引いていないおまえをこれまで息子として養育してきたのは、レナータと添わせるためだったのだと。
ヨアキムは自分を捕らえようとする兵に抗い、何度も「父上」と叫んでいた。ヨアキムは引きずられるようにして連行されていった。
「馬鹿なやつだ」
お膳立てされた道を踏み外すなんて。あんな娘に引っかからなければ利口にしていれば今頃、王冠を被っていたかも知れなかったのに自らその手を手放したのだ。
深くため息をつくと隣にいたレナータがこちらを見上げていた。
「ヴァンさま」
「すまなかったな。レナ。おまえと対面などさせるのではなかった。おまえに不快な思いをさせた」
あいつは最後の最後までレナータに謝罪の一つもなかった。それを親として申し訳なく思う。
「私は気にしていません。それよりも陛下の方がお辛いのでは?」
「別に。どうせなら中途半端に馬鹿でいるのでなく、本当に馬鹿な息子であったなら良かった」
「陛下?」
期待してなかったわけじゃない。でもいつかは目が覚めてくれるのではないかと気には留めていた。
「なあに。気にするな。戯れ言だ。あれがそなたのように賢く育ってくれていたのならこのような思いはしなくて済んだのだろうな」
ヨアキムが出て行ったドアの方を見て言えば、レナータがそっと手を繋いできた。良好な関係とは言えなかったが、赤子の時から見てきた息子の悲痛な助けを求める声がいつまでも耳に残って離れなかった。




