168話・誰に似たんだ?
ヨアキムはあの娘に騙されていたことを知りショックを受けたようだ。レナータが呆れたように言っていた。もっと上手くやれば良かったのだと。その通りだと思う。
レナータの言う通り黙っていても、ヨアキムの頭上に王冠が乗るはずだった。
レナータは自分ならばと前置きした上で、政略結婚相手が気に入らなければ離宮にでも追い払い顔を見ないことにすると言い、政務で相手が使えるならば仕事を与えて働かせ、自分は好いた相手を愛人にして愛でていたと言った。
レナータが男だったなら、ヨアキムを廃嫡して彼女を迷い無く王太子にしていたことだろう。頼もしい後継者に恵まれただろうに、性別が女ということが実に惜しく思われる。
レナータのその考え方は、よその令嬢には考えられないもの。男性的な思考と言っても良いだろう。性別を間違えて産まれてきたようにしか思えない。
そこまで言われてもヨアキムは頭が浮いているようだ。それでは不実な男にしか見えないではないかと言い出した。
今まで散々許婚であったレナータに対し、不実な態度を取っておきながらその事に対しては何とも思ってないらしい。
王太子という立場を軽んじていたとしか思えなかった。
レナータは言う。平民と王になる者とは立場が違うと。そして何も知らずヨアキムがアリスと一緒になっていたのなら、不安にしかならなかったことを。
アリスはただ、ヨアキムを働かせ自分は愛人を侍らせて暮らすつもりでいたのだと。もし、そうなったならアリスが子供を身籠もっても、ヨアキムの子とは限らないことを切々と説いていた。
そこまで言われてもヨアキムはまだレナータを疑っていた。
「それでアリスを殺したのか? 何も殺さなくても良かっただろう」
「私がアリス嬢を殺す必要がありますか? 動機は?」
「僕がおまえの許婚だったからだ……」
レナータは呆れていたと思う。まるでレナータがヨアキムに未練を残していたような言い方だ。そんなわけあるか。馬鹿野郎。
しかもレナータが手を出さなくとも誰かに命じれば済むことだとまで言い放った。
ヨアキムはこんなにも頭の出来の悪い息子だったか? 誰に似たんだ? 思わず本当の父親に話を振ってしまった。
「滑稽だな。これが仮にも余の息子だった者か? 誰に似たんだ? なあ、キルサン」
「父上」
キルサンは何も言わず無言を通した。こやつもこんなはずではなかったと腹の内で思っているに違いない。父親として息子の未来は明るいと信じていたはずだから。
咎人となってしまったヨアキムに父親と呼ばせるわけにはいかなかった。その場で釘を刺す。
「ヨアキム。余のことは陛下と呼べ」
共に暮らしていた時は、父親の自分に逆らってばかりで繋がりを持とうとしなかったヨアキムはこんな時ばかりは親子の情に訴えてくるのか?
そう思うと皮肉にしか思えず、妻に迎えたレナータを害そうとするのに苛立ちを感じた。




