166話・アリスが殺された
「イヒター家の者です。半年前に陛下が狩猟帰りに雨宿りに立ち寄られた家で、そこには確かレナータ様と同じ年頃の娘がいたはずです」
「ああ。確かにいたな。着飾るのが好きそうな香水臭い娘が。イヒター家と言えば宰相の息の掛かった家の者だな?」
イヒターという名前に聞き覚えがあると思えば、半年前にいきなり雨が降ってきて、雨宿りさせてもらった屋敷の者だったとは。そこにはレナータと同じ年頃の娘がいて、馴れ馴れしく世話を焼こうとしたから、「自分のことは自分でやる。放って置け」と言った覚えがある。
批難されるような行動を取った気はするが、好意的な態度はとった覚えはない。それでも何か期待でもさせてしまっただろうか?
レナータは色々とちょっかいを出されている。レナータを亡き者にし、その後釜を狙う薄汚いネズミどもに。今度は宰相派か。
「毒を盛った女官はどうした?」
「背後にいる者の口を割らせようとしたら自害されてしまいました」
「トカゲの尻尾切りか。奴らの好きそうなことだな」
間者としては当然の行為だろう。失敗すれば彼らには死しかない。
それにしても何とも胸糞悪い話だ。自分の娘を王妃にしたいが為に、現在の王妃を亡き者にする。そして自分の娘を何としてでも王妃にしてみせる気でいるやつらの神経が知れなかった。忌々しい存在だ。
排除すべきかと思っていると、今はその時期ではないとセルギウスに窘められてしまった。
レナータは自分にとっても、この国にとっても唯一正統な王の後継者だ。みすみす死なせるわけには行かない。
レナータから次の王へと王冠を引き継ぐために、自分はその中継ぎの王としての役割を果たす気でいる。
王位を正統な持ち主に返す為ならば、簒奪王と呼ばれ恐れられようとも、レナータの為になら悪にでもなろう。
それから数日後。幽閉先から逃げ出したヨアキムの行方を追わせていたキルサンが、当人を連れて帰ってきた。謁見室で久しぶりに対面したヨアキムは別人のようにガリガリに痩せ細り、こちらを恨みの籠もった目で睨み付けてきた。
「レナータ! おまえだな? おまえがアリスを殺した」
その言葉にそう言えば連れの頭の緩い女はどうしたのかと思っていたが、何者かに殺害されていたようだ。その言葉にヨアキムと同行したキルサンが顔を顰める。何となく想像がついた。
「アリスさんが殺された? どういうこと?」
驚くレナータにヨアキムが怒鳴りつける。
「惚けるなっ。おまえが命じたに違いないんだ。アリスはおまえを呼び出した場所で殺されていた」
レナータはヨアキムの告白に衝撃を受けたようだった。しかし、レナータは呼び出しには応じていない。アリスを殺すとしたら他の者の犯行だ。
最も疑わしいものは側にいるのにヨアキムは気がついてないようだ。馬鹿なヨアキムだ。真実が見えていない。
一番疑わしいとしたら、アリスが殺害されたことを教えた者に違いないのに。




