165話・簒奪王と呼ばれはしても傀儡王になる気はない
執務室に戻ると、セルギウスとゲラルドからの定期報告があった。またレナータの食事に毒が盛られようとしていたらしい。それをゲラルドが阻止してくれていた。
彼ら一族は王家の影であり、毒に詳しく幼い頃から毒に慣れ親しんで育ってきた為、匂いや見た目で何の毒か分かり、それの解毒剤を作る能力に優れていた。
歴代の王達は彼ら一族の能力を重宝してきた。
先代の王から仕えてきたセルギウスからその秘密を明かされなければ、知らないままだっただろう。まさか王の侍従長の裏の顔が間諜の長だとは思いもしなかった。
影達は王が代替わりすると、正体をその新しき王の前に晒すらしい。
自分がその事を知ったのは将軍らから騙し討ちのように戴冠式をさせられた日の晩。
深夜寝台に潜り込んできた刺客があった。その殺気を感じて振り下ろされようとしていた刀を振り払い、相手のお腹を蹴って寝台から落とした後、腕を捻りあげて拘束してみれば、なんと刺客は侍従長のセルギウスではないか。驚いた。
侍従長に命を狙われる理由に思い当たらないでいると「簒奪王イヴァンめ。呪われろ」と、毒を吐かれた。
その日はいい加減疲れていたので、「馬鹿を言ってないで早く寝ろ」と、彼の拘束を解いて尻を蹴って部屋から追い出すと翌朝、神妙な顔つきで現れた。
「なぜ私をお手討ちになさらなかったのですか?」
「面倒が増えるからだ」
「面倒ですか?」
簡潔に理由を述べればセルギウスが怪訝な顔をした。
「ベテランの侍従長のおまえを処分なんかしたら、誰が他の侍従らをまとめ育てるんだ? 余はまだ王になったばかりの新米王なのだぞ」
「はあ?」
「時間が勿体ないだろうが。余はすぐにでも政務に取りかかりたいのに。簒奪王と呼ばれはしても傀儡王になどなってやる気はないからな」
王位は望んで手に入れたものではない。ほぼ実母と将軍から騙し討ちのように頭の上に載せられた王冠だ。
それでも頭に載せられた以上は王としての仕事はまっとうにやると言えば、参りましたと声が上がった。
「我々は影に通じる者。あなた様にお仕えすることを誓いましょう」
それからというものセルギウス率いる影の者達は、汚れ仕事を請け負ってくれていた。なぜあの時、自分に襲いかかったのかと聞けば、彼もまた将軍らの行動で誤解していたらしい。
自分が王位を狙っていて将軍を使い、優しかった兄王を殺して後釜に座ったのだと。
誤解が解けた後は、影の者達は自分の意を汲んで行動してくれるようになり、今となってはなくてはならない存在となってきている。
特にレナータに関しては、何度も命を救われて有り難く思っている。
「陛下?」
「あ、いや。少し考え事をしていた」
物思いに耽っていたようだ。セルギウスの声で我に返る。
レナータの食事に毒を入れようとした者は女官だったらしい。
「女官が犯人らしいが、どこの家の者だ?」




