163話・アリスからの手紙
その後、テオドロスが王妃を訪ねて来ていた。自分ではなくレナータに何の用だと、その話の場に自分も加わることにした。レナータには政務の方は? と、聞かされたが聞かなかったことにする。
月並みな挨拶から始まり、それぞれが椅子に腰を下ろしてから「ヨアキムに何か動きでもあったのか?」と、聞けば、テオドロスは深いため息をつきながら一通の手紙を差し出して来た。
それはヨアキムからのものではなく、あの頭が湧いてる娘からのもの。イサイ公爵宛てに手紙を送っていた。
現イサイ公爵の当主はテオドロスとなっているのだがそれを知らないようで、ヨアキムの母方の祖父がその座にまだついていると思い込んでいたようだ。ヨアキムの祖父に宛てての手紙だった。
成人した娘が書いたにしては、文が拙く幼い感じで非常に笑えた。自分達の脱走に手を貸してくれた者達の手配で山中の村に身を寄せていること、そこで出される食生活の粗末なことを切々と訴えていた。
低位貴族とはいえ、彼らに比べれば遙かに良い生活を送っていることに気がつけてないらしい。元の贅沢な生活を送りたいから金を送れとしか感じられなかった。
自分としてはこの手紙から山間部にまで目が行き届いてなかったことに反省した。この国はもともと貧民の差が大きかった。
特権階級者以外の者達の生活水準を上げるべく検討してきたつもりが、まだ恩恵を受けていない地域があったことになる。あの娘の愚痴りから分かることは、彼らが普段食しているものは石のように堅いパンと、雑草のような野菜屑が浮かぶスープらしい。
そのような食生活では、暮らしぶりも困窮しているのではないだろうか?
その為、ヨアキム達を匿うのに協力したのは金銭的なやり取りがあったのかも知れない。
貧しいが故に犯罪に手を貸してしまう場合もあるだろう。この点は早急に対処しなくてはと思いながらも、あのアリスという娘には笑えた。
自分達が幽閉先から脱走をしでかした事の重大さに気がついてないばかりか、当面の生活資金を用立てて欲しいとは呆れた。
この娘はよっぽど頭がいかれているなとレナータに振れば、彼女もさすがに庇いきれないのかお馬鹿さんだと認めた。
「ヨアキム様もこのような娘に引っかかってしまっただなんてお気の毒ですわ」
レナータの言葉に同意した。
「ヨアキムとしては、賢い許嫁が側にいたものだから、ちょっと抜けた娘に頼られて悪い気がしなかったのだろう」
あいつも馬鹿だよなという思いしかなかった。本当なら今頃、ヨアキムはレナータの隣にいたかもしれないのだ。
そこへテオドロスがもう一通手紙を差し出して来た。あの娘は二通、イサイ公爵のもとへ送っていたようだ。その一通はなぜかレナータ宛てだった。
だからテオドロスはレナータへ対面を求めたのかと理解した。
それと同時に手紙の中を改める必要性が感じられてゲラルドに最初に目を通させることにした。レナータには伝えていないが、最近彼女を何者かが害そうとする動きが見られた。レナータを指名してくる辺りから、手紙に何か仕込まれていないとも限らない。




