162話・レナータの興味
レナータはこのノートにさっそく興味を持ったようでノートには何が書かれているのかと聞いてきた。読めば分かることだが、中には愚痴りに混じって、まだ構想している段階で手つかずになっていた事業や政策について書かれていた。
政策の途中で拘束されて塔に送られ、幽閉されたことで無念なことが書かれていた。それを教えるとレナータは凝視していた。
幽閉されることなどなければ、あの姉のことだから必ずやり遂げていたはずだ。自分は姉が無念だと書き残していた事業を引き継いで一つ一つ実現してきた。
志半ばで出来なくなってしまった姉の代わりに自分が行うことで、少しでもあの世の姉の無念な思いが解消されるようにと。
自分が姉のソニアを持ち上げ、彼女の出来なかった政策を自分が代わりにやっているようなものだと言ったことでレナータが変な顔をした。
「ソニア殿下は陛下とは敵対していたと聞きました。その方の政策を参考にするのですか?」
その言葉に世間一般には自分が簒奪王と呼ばれ、兄王を死へと追いやり、その兄弟も次々と殺めたように言われていた事を思い出した。
レナータには詳しい事情を話していない。真実を知る者には箝口令を敷いているため、彼女の耳にも入らなかったようだ。
レナータには誤解がないように話しておきたかった。
「余は反王制派の旗印にされたが、その事は余には伏せられていた」
「……!」
余が全てを把握した時には事が終わっていたのだと言えば、レナータは言葉もなく驚いていた。
それから数週間後、屋根裏部屋をアトリエに改装したので、さっそくレナータをモデルに絵を描くことにした。
執務の合間、休憩を取ってレナータを呼び出し過ごすのが定番となってきた。レナータにはカウチソファーの上で寝そべるポーズを取らせていた。
レナータを前に筆が進み、会話も弾んでいた。
「ヴァンさまはいつから絵を描くようになったのですか?」
「そうだなぁ。五つの時か」
「えっ? そんなに小さな時ですか?」
レナータが少しでも自分に興味を持ってくれるのが嬉しかった。
「亡き王妃さまが、余が絵を描くのが得意なことを知ってスケッチブックと絵筆を与えて下さったのだ」
幼い頃の自分は寝台に横たわることが増えて来た王妃さまに少しでも喜んでもらいたくて、自分が外に出て庭園に咲く花や、木、そこに集う人々などを描いて見せていた。その度に王妃さまは微笑んで「上手いわね。よく描けているわ」と、褒めてくれたのを思い出す。
その時のことを語っていたらレナータが「王妃さまを慕われていたのですね?」と、言ってきた。
亡き王妃さまは自分にとって命の恩人であり、自分を家族に迎え入れてくれた大切な御方だ。あの御方がいなかったなら今の自分はいなかったと思える。
実の母には育児放棄されて虐待を受けてきた。あのまま実母の元にいたのなら成人まで生きていられたかどうか分からない。
実母に虐待されていた事を知ったレナータは自分のことのように憤慨していた。
「虐待なんて酷い。父王さまは助けてはくれなかったのですか?」
そう聞かれると答えに窮する。父王とは接する機会も数えるぐらいしかなく、父王には興味を持たれていなかったとしか言えなかった。父王は何を考えていたかは分からない。でも自分に対し、期待してなかったのは確かなことだ。
ありのまま伝えると、レナータは悲壮な顔をする。自分のなかではもう終わったことだ。それに子供の頃の自分には、優しい王妃さまがついていたと、安心させる意味でいったのに深く何か考え込んでしまった。
「どうした? レナータ? 今日はここまでにするか?」
もう絵を描くどころではない。筆を置いてレナータの側によると、レナータが首を横に振った。
「……私はとても恵まれていると思いまして」
彼女は自分の話を聞いて自分の身に置き換えて考えていたようだ。何か胸に迫るものでもあったのか、抱き寄せると静かに泣き出した。
まるで泣くことを忘れた自分の為に、泣いてくれてでもいるように思えた。




