160話・出来るなら会わせてやりたかった
「まあ、落ちつけ」と宥めようにもレナータは憤慨していた。
「そのような可愛いことを言っても会わせてやることは出来ぬ。残念だがな」
ふと姉上が存在していたならレナータと気が合ったように思えた。そんな現実があったならどんなに良かったことか。その思いがため息を漏らした。
なのにそれを見ていたレナータがとんでもないことを言い出した。
「それほどまでに大切な御方なら私と離縁して、王妃さまにでも何でも御迎えになられれば良いではないですか?」
「それは出来ない相談だな。そのようなこと望んでもいない。余の王妃はおまえだ。おまえ以外に務まる者はおらぬよ」
半分なげやりになってきたレナータを慌てて取りなしても彼女の気は晴れないようだ。
「たかが屋根裏部屋一つの事でそんなにむきにならずとも良いだろう? レナ。機嫌を直しておくれ」
「じゃあ、この部屋の中を見せて下さい」
「どうしても見たいのか?」
彼女が頷く。彼女はこの部屋に自分の浮気相手がいると思い込んでいる。実に馬鹿馬鹿しいが、身の潔白を明らかにするためにも見せる必要がありそうだ。
懐からこの部屋の鍵を出すと、レナータの目が輝く。その反応に不審を覚えた。この喜びようが信じられない。いまいちレナータの心情が分からなかった。
普通、世間一般的に見れば、夫が女を囲っていたと知ったなら妻は怒るものではないのか?
不思議に思いながらドアを開けると、レナータは期待を込めた目を部屋の中に向けて中へ入った後は愕然としていた。当然、部屋の中には誰もいない。彼女の思う女なんていやしない。ここには物しか置いてないからだ。
これで納得したかと思ったのにここにいた女の存在を気付かれたので、どこかに隠したのかとまで聞いてきた。信用されてないようだ。
しかし、彼女の行動を突き動かした感情とは何か知りたかった。嫉妬なのかと思ったのに違ったようだ。あくまでも彼女は、自分が誰か女を隠していて、その女を紹介してくれないことに苛立っているような気がする。
存在しない女を出せと言われても出せないものは出せないし、会わせてやることも出来ない。
彼女はがらーんとした部屋の中を見て浮気の可能性がない事は信じてくれたようだが、それでもまだ不服そうだった。
部屋の中を上から下まで見回してある部分に目を留めた。それは自分が姉ソニアを描いた絵が乗っているイーゼル。誇りが被らないように布を被せておいてあるのだが、それにレナータが手を伸ばした瞬間、思わず「あっ」と、声を出してしまった。
その自分の反応で何か隠されていると感づいたのか、布を外したレナータはぎょっとしていた。
「これは……?」
眼光鋭い女性画に圧倒されたように立ち尽くす彼女に、これは摂政姫と呼ばれていた亡き我が義姉だと教えてやる。レナータはアレクセイ兄上の子だからその姉のソニアの名前ぐらいは聞いたことがあるはずだ。
バレてしまったことで気が清々した自分は、ここぞとばかりに義姉のソニアの素晴らしさをレナータに延々と語って見せた。出来るならレナータにもソニアの事をしってもらい、好きになってもらいたかったからだ。
ソニアは黙って長いこと話を聞いてくれた。
「どうだ? レナータも姉上は素晴らしい御方だと思うだろう?」
「……そうですね」
「レナにも出来ることなら、会わせてやりたかった」
出来ることなら存命中に会わせてやりたかった。レナータがきっとアレクセイの娘と知ったならどんなに喜んでくれたことだろう。惜しむ気持ちが大きかった。
でもどうしてレナータはこの部屋に誰かいるように思ったのだろう?
その理由は彼女が教えてくれた。




