158話・おかしな王妃
「陛下にはヨアキムさまを匿うような相手に心当たりがありますの?」
「陛下?」
「陛下じゃないだろう? 余のことは何と呼ぶ約束だった?」
「質問に質問で返さないで下さい。それにこの場は二人きりではありませんもの」
レナータは壁際に控えている侍従長のセルギウスの方を窺う。
「なんだ。セルギウスのことを気にしているのか? こやつの事は空気だとでも思えば良い」
「妃殿下。どうぞわたくしの事はお気になさらず」
そうは言われても何か気になるのかレナータは物思いに沈んでしまう。あまりこの件には触れて欲しくないのだがと思いながら「レナ」と顔を覗き込めば、我に返ったようだった。
「ぼうっとしてどうした? 熱でもあるのか?」
「何でもありません。考え事をしていたのです」
「何を考えていた?」
これでは追求しているようだなと思いながら止められなかった。
「ヨアキムさまが今、いるとしたらどこだろうかと」
「まだ奴のことを考えていたのか? どうせ考えるのなら余の事でも考えたらどうだ?」
嫉妬深いと捉えられようが構わなかった。レナータのその頭の中を占める存在が自分であればどんなに良いことか。
「へい……、ヴァンさまのことでしたらいつも側にいるのですから考えている暇もないですわ」
陛下と言いかけたレナータが気まずそうに言い直す。確かに彼女の言い分もありかとこの場は許すことにした。
「そのうち観念して奴も捕まるだろう。相手は泣く子も黙るキルサン将軍だからな」
「そうですねぇ」
と、こちらを見る目にはあなたもそうですよね? と、言いたげな感じがあったが素知らぬふりをした。
それからしばらく経ってもヨアキムの行方はつかめなかった。あのアリスとか言う女も一緒に逃げているはず。だから早く見付かるかと思ったのに、こちらをあざ笑うかのように捜索は難航したのである。
そんなある日、侍従達から王妃の様子がおかしいと侍従達や、レナータ付きの侍従長であるゲラルドから報告が上がった。屋根裏部屋が気になっている様子だと言う。屋根裏部屋には皆の立ち寄りを禁じている。そこには自分の大切な人だったソニアの思い出の品があるからだ。
そこには自分の少年の時の想い出が残されている。王冠を抱くために他人の命を犠牲にしてきた自分のいわば聖域のようなもので誰にも踏み入れて欲しくない場所だった。
その事を心得ているセルギウスの指導が行き渡っているので、そこに自分が籠もるときは、侍従らが食事をドアの外へ置いていってくれる。それをまさかレナータに見られていたとは思わなかった。
「もう本当のことをお話されては如何ですか?」
ばれるのは時間の問題ですとセルギウスが忠告してきた。
「そうだなぁ」
そう言いつつもなかなか決心がつかなかった。亡き姉上との思い出をあの部屋に残しているだなんてレナータに知られるのが恥ずかしかった。




