156話・今夜は何もしない
寝室に向かうとレナータが自分の指示通りに起きていた。それが何だか意外だった。もし、レナータが先に寝ていたらそれはそれで構わないかと思っていた。
帰城時間が夜中だったのだ。まだ十代のレナータには眠気が勝る時間だろう。
その彼女が「もしかして?」と、何やらぶつぶつ呟いていた。百面相をしていて見ていて可笑しかった。いつまでそれが続くのかと見守っていたがすぐに終わらなそうで声をかけた。
「何を考えている?」
「ひぃ──っ、陛下!?」
寝台に潜り込むと焦ったような声を出す。この声に気持ちが萎えてしまった。レナータは出来た少女でもこちらの方には疎いし、抵抗が強いのだろう。無理強いする気はないので長期戦で挑むしかないなと判断する。
長期戦を覚悟の上で、目を剥いている彼女をいかに刺激せずに手懐けるかと考えていた。
「そんなに驚くことか? おかしいか?」
髭を剃った顎に手をやれば、レナータの視線も動いた。こちらを窺うレナータは小動物のようにびくびくしていて食べてしまいたいほどに愛らしかった。
「い、いえ……。もう入浴はお済みで?」
「いま何時だと思っているんだ? そんなに待ち遠しかったのか? レナ」
「そんなことは……」
てっきり反論が帰って来ると思ったのにしおらしい態度で沈下したはずの欲望が蘇ってきた。体を寄せると、寄せた分だけレナータが下がる。その態度にムッとした。
「なぜ逃げる?」
「いえいえ、恐れ多いですから……」
「余達は神が認めた夫婦だ。そのように畏まることもあるまい?」
「へ、陛下……、あの、近いです!」
追い詰めすぎたようだ。彼女の背中が寝台の柱に当たっている。
「無粋だな。緊張しているのは分かるが、この場で陛下はないだろう? おまえは余の名前を知らぬのか?」
「い、イヴァンさま……?」
「そうだ。良い子だ。レナ」
今夜は何もしないぞ。と、言う意味で頭を撫でてやる。こちらを見上げる瞳が潤んでいて、唇が誘っているように見えた。怖がるおまえに最後までは要求しない。キスぐらいは許してくれるだろう?
触れあわせるだけの唇。小さな肉厚ぎみの唇は思った通り柔らかかった。ここは自分だけの物だ。誰にも触れさせたくない。そう思ったら何度も啄んでいた。
んーと、苦しそうなレナータの鼻声が聞こえてきて介抱してやると少し呆けているようだ。
「レナ。余が怖いか?」
「今のイヴァンさまは怖いです」
ふと自分のこの手で奪ってきた命のことを思った。それに対し、レナータはどう思っているのか知りたくなった。レナータは今の自分が怖いと言った。つまり閨事に及ぼうとするのを怖がっているのだ。それに安堵した。
簒奪王として名を知られているこの自分が嫌われているのならこれ以上、レナータには手を出さない方がいいような気もしてきた。




