152話・二人の関係が変わるとき
「おまえは優秀だからな。今後のことについては少し待て」
「まさか婚約破棄された私にもう別の相手を宛がおうという訳ではないでしょうね? 陛下」
先に釘を刺されて苦笑するしか無い。レナータは良く出来た女だ。自分がもう少し若かったならこんなにも悩まなかったのに。側に置いて決して手放さなかっただろう。
咄嗟に頭に浮かんだ考えに自分でも驚いた。レナータのことはそれまで姪として見てきたのだ。彼女の著しい成長は自分のことのように思われて嬉しかった。彼女は自分の保護すべき存在であり愛おしい存在だ。その気持ちは叔父として考えていたはずなのに、いつしか彼女を一人の女性として考えていた?
そう思うとレナータの髪や瞳や唇が、柔らかそうな肢体から目が離せなくなった。
その彼女から思わぬ質問がきた。
「私の本当の両親ってどなたですか?」
どきりとした。聡いレナータのことだ。自分の出自を疑っていたようだ。でも、まだアレクセイ兄上の子だと告げる気にはなれない。もし、そうだと今、言ってしまったならせっかくここまで築けてきた二人の仲が変質しそうに思われて、自信がなくなった。
大の大人が十四歳の少女に対して、その関係が崩れることを恐れている。そんな自分が滑稽に思われて笑いたくなる。
知りたいと望むレナータに本当のことを話してやる事は出来なかった。まだ自分にその覚悟が出来ていない。
でも、もしかしたらレナータはいつの日か真相にたどり着いてしまうかも知れない。
自分のそんな気持ちを見透かされてしまいそうで、誤魔化すように彼女の頭を撫でているとその手を振り払われた。
「止めて下さい。私はもう子供じゃありません」
「余の目からみればまだまだ子供だ」
睨み付けてくるレナータがまるで歯を剥いて威嚇する猫のように思われて可愛らしかった。実の娘のように手塩にかけて育ててきた。そのレナータを手放せるものか。そう思ったらある考えが頭の中を占めていた。
「レナータ。余の妻になってくれ」
数日後、レナータを呼び出して単刀直入に言えば、彼女は目を見開いて驚いていた。
「はあ? 陛下。今、なんと?」
「だから言っているだろう。レナータ。婚約破棄されて行き場の無いおまえを、この余がもらってやると言っているのだ」
彼女の素っ頓狂な声が謁見室に響く。その声さえも愛らしい。駄目押しのようにヨアキムとの婚約が破れたおまえの新しい婚約相手は自分だと告げると目を剥いた。
「堅苦しく考えるな。おまえは余のお気に入り。お気に入りのおまえの為に用意した縁談が駄目になったのだ。その責任を余が取ると言っている」
「別に陛下に責任を取って頂かなくとも構いませんよ」
「余が構う」
不服そうにこちらを見る菫色の瞳が堪らなく美しかった。その瞳がおずおずと問いかけてきた。
「その……、他に懇意にしておられる女性はおられないのですか?」




