151話・王太子妃はレナータで決まりだ
ヨアキムが十五歳になった年に、婚約者であるレナータとの婚約の破棄を目論んだのだ。唆したのはヨアキムが懇意にしていたという男爵令嬢アリス。
自分から見ればどうってことのない娘だった。実にお目出度い頭をしているとしか思えない。ちゃんとした教養を持つ娘なら、婚約者がいる男性に言い寄ったりはしない。しかも相手は自分よりも遙か上の位にある王太子だ。その王太子を良く攻略したものだが、馬鹿な女を愛妾にするならともかく、王太子妃にと言い出したヨアキムの正気を疑った。
────レナータほどの出来た婚約者がいながらどうしてその女を選ぶ? レナータは理想の女性じゃないか。
実に趣味が悪いとしか思えない。レナータは困惑していた。こんな息子を持った自分が情けなかった。乳母を始めとして、ヨアキムの周囲には優れた人材を置いたはず。それが実にならなかったとは。レナータとの差を改めて感じた。
八年間レナータは王太子妃となるべく努力してきた。それを軽々しく婚約破棄などとふざけるな! そう思ったら拳を握りしめていた。もういい。愚息は切り捨てる。
「ヨアキム、言っておくぞ。王太子妃はレナータで決まりなのだ。王太子など幾らでも代わりがいるが、レナータの代わりはいない」
そう憤りを抑えて言ってやれば、ヨアキムもさすがに悟ったようだ。自分の勤めは大人しくレナータの夫であることだったと。その愕然とするヨアキムの隣で馬鹿な女が「ヨアキム、かわいそう」などとほざいていたが目障りなだけだった。
可哀相なのはレナータではないか。レナータはヨアキムに恋情のようなものはなくとも、ヨアキムとの仲を少しでも良くしようと歩み寄りを見せてくれていた。
その彼女を一番、不実な形で裏切った息子が、ヨアキムが許せなかった。
レナータは可愛い姪だ。その彼女を例え、息子でも傷つけるのは許しがたかった。父親としての感情よりも、一人の男としての感情が勝っていた。
問題を起こしたヨアキムは離宮に送り、馬鹿な女は戒律の厳しいことで有名な修道院に放り込むことにした。これで少しでも反省の色があれば、ふたりを平民にしてやってもいい。
アリスは近衛兵に預け、ヨアキムは将軍であるキルサンに預けた。キルサンも表向きには平然としていたが、さすがに動揺していることだろう。自分の血を引く息子がしでかしたのだから。
妻と子を王である自分に命じられて、その手で離宮送りにしたキルサン。今、彼は何を思うのか?
二人だけ部屋に取り残されてレナータを見れば浮かない顔をしていた。今まで婚約していた王太子が連行されて不安があるのだろう。
「どうした? レナ。食べるか?」
機嫌を取るように彼女の好きな菓子を差し出して言えば、彼女は整った眉を八の字にして困ったように言った。
「私の立場はどうなるのですか? もう王太子妃教育などしなくても良いですよね?」
レナータの今までの頑張りを知っている。これ以上、彼女を傷つけたくない。彼女の良さを知る男に託したいが、王太子でさえあれだった。
ヨアキムから王位を剥奪した手前、自分の後継者をすぐに擁立しなくてはならない頭の痛い問題もある。王妃は亡くなっていたが、再婚を勧めてくる家臣も多かった。ヨアキムやレナータの養育に力を入れていたので、遠ざけていられた問題がまた降りかかってくることになる。自分は新たに妻を娶る気はさらさら無い。レナータの為に相応しい男を選出すべきだろう。
それまでレナータには休養をさせるのも良いかもしれない。




