150話・姪と息子
「可愛い娘だ。そうだ。おまえはヨアキムの嫁になれ」
「レナータを王太子妃に? とんでもない!」
レナータが産まれた時から考えていたことを言えば、バラムが当然のように反対してくる。彼がそう言うだろう事は想定内だ。バラムはレナータが目立つ事を求めない。出来れば自分の手元に置いて彼女が年頃となった時に、彼女の好意を寄せる男性と添い遂げさせたいという思いがあるのだろう。
自分もただのイヴァンとしてなら、彼女の叔父としてそれを望んだだろう。
「その通りだ。不満か? バラム。丁度いいことにヨアキムにはまだ許婚がおらぬ」
「不躾ながらこの子は田舎育ちです。宮殿のマナーなど何一つ知りません」
「ではレナータに、マナー教師をつけようではないか。レナータは聡明だと聞いているから飲み込みも早いだろう」
「わざわざ田舎の我が家まで片道三時間かけて家庭教師においで頂くのは申し訳なく思いますし、ヨアキム様には他に相応しい高位貴族のご令嬢がいらっしゃるのではありませんか?」
「確かにお前が言うとおり、あれに相応しい年頃の娘なら他にも沢山いる。でも余はこのレナータが気に入った」
「ご容赦下さい」
バラムの孫娘を思う気持ちは分かるが、王としての自分はそれに頷く事は出来なかった。ヨアキムは一滴も自分の血を引いていない。引いていたとしても先の王に弓引く存在となる。先の王家の血筋を絶やすわけにはいかない。何としても兄の血を引く、王家の瞳を持つレナータに次代の王を産んでもらいたい。
簒奪王と呼ばれ皆に畏怖される存在となった自分だが一つだけ手に出来なかった者が王の血。自分は正統な王がこの世に誕生するまでの繋ぎの王でしかない。
「王都に屋敷を用意させる。そこでレナータに教育を受けさせよう。お前達もそこに住むがいい」
「そこまでレナータが気に入られたのですか?」
「ああ。お前は余に孫娘を会わせたくなかったようだが?」
「こうなると思ったからですよ」
最後の抵抗とばかりに不服そうに言われたが気にしなかった。正統な王の血を引く娘が王家に戻っただけだ。お前にはしばらくレナータを貸しただけだぞと見据えると分かりましたよ。と、渋々了承した態度を見せた。
諦めろ。レナータが産む子供が後々王冠を被ることになる。せいぜい孫娘のために仕事に復帰して後見役をしろと言えばふて腐れるように分かりました。と、返事があった。
数日後、王都の中央に用意させた屋敷にレナータとバラム夫婦が引っ越してきた。レナータには王太子教育が始まり、自分の計画は着々と進んでいるように思っていた。レナータとは時々、宮殿に呼びつけて教育の成果を報告させていたし、交流も取っていた。
レナータとの会話は楽しく、日々忙しい中で彼女との時間を設けるのが唯一の楽しみとなった。
その一方で息子のヨアキムとの仲はどんどん悪くなっていくようだった。幼い頃から自分に甘えることも無かったヨアキムは成長してからも愛想が無く、自分が話しかけるだけで黙り込んでしまう。共にとる夕食の時間は葬儀のようで沈黙が支配していた。何度か話しかけてはみたものの、弾まずどこか素っ気ない感じで他人行儀な気がする。
特権階級者は両親が政略結婚で、大概が親子との交流がないとも聞くが、レナータとは何でも言い合える仲になっていたから、息子との会話の少なさが気にはなっていた。それがまさか後に徒になるとは思ってもみずに。




