149話・レナータ・ゼレノイ
しかし、その数ヶ月後。不幸の知らせが宮殿に舞い込んで来た。ネリーとダニールが隣の領主の夜会に招かれ出かけた先で、夜会に潜り込んだ刺客に襲われたのだ。
刺客は反王制派と名乗り、特権階級者が憎いと言って刃物を振り回して目についた者達を次々刺したらしく、その屋敷を守る衛兵が動いて取り押さえるまでに十数名の被害者を出し、ネリーとダニールは不幸にも命を落としてしまった。
ネリーとダニールの葬儀に参列しようとしたのをテオドロスに止められた。
「おまえの動きが注目されている。反王制派にとっては格好の餌食となる。止めておけ。それに息子夫婦をいっぺんに亡くしたんだ。バラムのおっさん達にも嘆く時間はたっぷり与えてやれよ」
おまえが葬儀に行ったなら、バラムは反王制派に目をつけられる。それにバラムが泣くに泣けないだろうと言われては申し訳なさが先に立って何も出来なかった。
それから一年が経ち、バラムから辞職願が出された。息子夫婦を亡くし、めっきり老け込んだ様子の彼を引き止める術もなかった。彼の手元に残された兄の子であるレナータを引き取ろうとしたが、バラムはあの子は息子の子として育てていくと頑なであり、今彼からレナータまで取り上げてしまうと、生きる気力を無くしてしまいそうで許すことにした。ただ、期限付きで。
レナータの物心がついて自分で判断出来る年頃まで預けてやる。彼女は王姪だ。しっかり養育を頼むと言えばバラムは渋々頷いた。
それからさらに6年が経ち、レナータの評判がどこからともなく流れてきた。バラム・ゼレノイ伯爵の孫娘は愛くるしい姿をしていながら聡明であると。
それを他国の要人達の口から出るようになると、彼女をそのままにはしておけないと考えるようになった。祖父は元外交官とはいえ、彼女は聡明すぎた。隠しておける存在ではなくなった。今やどの国にもレナータ・ゼレノイの名が知られるようになってしまった。
皆がバラムの孫娘について注目し興味を持ち始め、自国に取り入れようと婚約を持ちかけてくることになるだろう。そう思うと焦燥に駆られた。
「バラムに使いをやれ」
そういって数日もしないうちに渋面顔のバラムはレナータを連れてやって来た。
ちょくちょくバラムの妻のタチアナからはレナータの成長ぶりを手紙では知らせてもらっていた。でも直接会うのは六年ぶり。あの可愛かった赤子がどのように成長したのか楽しみだった。
六年ぶりに会ったレナータは人見知りなのか、自分を見てバラムの後ろに隠れた。これが他の者なら不敬と思い顔を顰めるところだが、小さなその少女の態度に可愛いと思ってしまった。
側においでと声をかけても祖父の後ろから離れようとしない。その態度がいじらしくて近づいて愛でたくなった。
祖父に縋り付くレナータを抱き上げると、彼女は驚いて目を丸くしていた。彼女を抱き上げて王座に座るのをバラムは止めなかった。バラムも立場は心得ているのだ。
「ほう。亜麻色の髪に菫色の瞳か。綺麗だな」
彼女の瞳を覗き込むと澄んだ瞳の美しさに飲み込まれそうになる。どれだけそうしていただろうか? バラムの焦ったような声がした。
「レナータ。レナータっ」
レナータが固まっていた。見知らぬ男の膝の上で緊張しすぎたようだ。




