146話・墜ちた母
すると後を付けてきていたのか廊下に実母がいた。
「あの子って不気味よね? 大人びているというか、大人しいというか。それに全然、あなたに似てないじゃない? 本当にあの子はあなたの子なの?」
実母が疑っていた。
「ねぇ、悪いこと言わないから他に側室を持ったら? ベラは気位が高くて嫌だったのよね。他の子、紹介するわよ」
「断る」
「そんなこと言わないで。あなたもしっかりした後継者欲しいでしょう?」
実母の縋り付くような視線が気持ち悪かった。
「何ならあたしのところの女官を……」
「放って置いてくれないか? それどころではない」
「まあ、心に余裕のない男は持てないわよ」
「放って置け」
脂粉を臭いくらいに匂わせる実母から一刻も早く遠ざかろうとすると、腕を引かれた。
「まったく。あなたって面白みのない子ね。子をなすのは王の義務よ」
無言で実母の腕を振り払い、執務室に戻る。そしてその晩、夜中に仕事を終えて寝室に帰ってきた時だった。寝台の中に見知らぬ女がいた。
「王母さまから命じられて参りました。今日から閨に侍らせて頂きます。ニーナと申します」
「いらぬ。帰れ」
「でも……」
「出て行けと言うのが聞けないか?」
「いえ。でも、これは王母さまが」
「この国の王は誰だ? その王がいらぬと言っている。聞き分けのない女は嫌いだ」
「申し訳ありません」
寝台の中に閨着で待っていたニーナと名乗った女に、ガウンを羽織らせてやろうとすると小刀をきらめかせて襲いかかってきた。
その手首を掴むと小刀を落とした。荒事には向いていないようだった。
「おまえ、間者か? どこの者だ?」
「……」
「ザハールの手の者か?」
実母の現在の愛人の名をあげると青ざめた。実母は年甲斐もなく、息子の自分とそう年の変わらない若者に熱を上げていた。
────とうとう墜ちるところまで来たか?
実母のしでかそうとしたことに別にショックもなかった。他人事のように受け止めていた。近衛兵を呼んでニーナを引き渡し、実母の寝室へと向かった。
そこには見たくもない光景があった。母親がザハールと裸で睦み合っていた。
「イヴァン。何しに来たの?」
「陛下。無粋ですよ。こんな夜更けに訪れるなんて……」
息子の登場に実母は驚き、愛人のザハールも目を見開いていた。
「余の命を狙うとは命知らずだな」
そう言ってザハールを斬れば、彼の下になっていた母が悲鳴を上げた。
「きゃああっ」
「煩い。男に媚びることしかできないウジ虫のような女め。この手であの世に送ってくれるわ」
実母には愛情などさらさらなかった。どうしてこんなに男に股が緩い女が母なのかと嫌気が差していた。そのせいか実母を斬り捨てても何とも思わなかった。
二人の死体の処分を影の者に任せ、自分は部屋を後にした。
その後、実母と自分を王位に就かせるために奔走した英雄を切り捨てたことで、もともと簒奪王と呼ばれていたが、その名は一人歩きして恐れる王を作り出した。




