143話・王妃の妊娠
イサイ公爵を翌日に宮殿に呼び寄せてベラとの婚姻を打診すると、実母の前では色よい返事をしていた公爵は渋る様子を見せた。
そこでおまえは自分と同じ穴の狢なのだという意味を込めて、王家の瞳の秘密について教えてやると、それまで自分に対し傲慢にも上から目線でいた彼が掌を返したように下手に出て来た。
結果としてその公爵に娘を妻として差し出させることに成功した。公爵としては娘を人質に取られたような気持ちだっただろうが。
数ヶ月後、自分はイサイ公爵令嬢ベラと婚姻した。彼女との初夜はなかった。儀式的に行う気ではいたが彼女の体調が悪く拒まれた為だ。
挙式の最中、ベラは顔色が悪かった。祝宴では時折、お腹が痛いといって席を抜け出し落ち着かなかった。その後も体調を崩すことが多く、いつも気持ち悪そうな顔をしていてそんな女と閨を共にする気にはなれずに放って置いた。
二ヶ月ほどするとベラに体調が落ち着いたからと閨に誘われるようになる。この間までは側にいることや手を握ることさえ嫌がられていたのに、向こうからベタベタと纏わり付いてくる。
しかも王妃になったストレスか、好きでもない男と娶せられて自棄になったのか最近暴飲暴食が増えているらしく体つきも大分ふっくらしてきていた。
彼女の態度や体型の変化は肉感的であざとい女=実母を思わせ、一体この女は何を企んでいるのかと怪しんでいたらすぐに謎は解明した。
ベラのお腹が異様に膨らみ始めたのだ。一度気を失った時に医師に診させると妊娠が判明した。当然、自分とは子をなすような事はしていない。他の男の子だ。しかも八ヶ月だと言う。
ぎょっとした。ここまで来て気がつかなかった自分の愚かさと、他の男の子を身籠もりながらも平然として王の子として産む気でいたベラの図太さに呆れた。彼女はコルセットで妊娠を隠すために締め上げて体型を誤魔化してきたのだ。
ドレスもハイウエストのものを好んできて、他人の目がお腹に向かないようにしていたらしい。
妊娠のことについて聞けば、初めのうちは黙りを決め込んでいたベラは医師の診察結果を突きつけると、涙ぐみながら答えた。
「挙式して三ヶ月も経っていない。それなのに腹の子は八ヶ月だと? ずいぶんと馬鹿にしてくれたものだな」
「……お願い。父には言わないで」
「そんな訳にはいかないだろう。おまえはしてはならないことをやろうとした」
深いため息しか出なかった。
「ギリア離宮へ行け。そこで十月十日隠れていろ」
「……」
「キルサン。王妃を離宮まで送り届けろ」
「御意」
その場にいた新将軍のキルサンに仕事を振る。恐らく王妃の腹の子はキルサンの子だろう。形ばかりの王妃に期待することもなく、部屋から追い払えば彼女に寄り添うようにキルサンが同行していった。
宮殿から追い払われた王妃がこの後、どうなろうと自分の知ったことではないと気持ちが冷め切っていた。別に彼女に恋情のような思いはなかったが、王妃に迎えたからにはそれなりに彼女を大切にしようとは思っていた。
ところが初めから向こうにはそのような気持ちはさらさらなかったのだと知らされた気がして気分が悪かった。




