141話・下賎の身のくせに
薔薇園では薔薇が満開に咲き乱れ、濃厚な香りを周囲に発していた。
するとその香りを嗅いだ彼女が、口元を抑えてその場に座り込んだ。
「大丈夫か? どこか具合でも悪いんじゃ無いのか?」
「大丈夫です。しばらくこうしていれば治まりますの」
「無理をすることはない。医師もいるから呼んでくるが?」
しゃがみ込んだ彼女の前に身を屈めて医師を呼んでこようかと言うと、険を含んだ目が返ってきた。
「止めて! お医者さまを呼ばないで」
「でもおまえはもの凄く顔色が悪いようだ。今すぐ先生に……」
「止めてって言っているでしょう」
けんもほろろの態度だった。顔色の悪くなってきた彼女の身を案じて肩に手を伸ばしただけだというのに、それを思い切り振り払われた。
「わたくしに触れないでっ。下賎の身のくせに」
「……!」
凝視して動きを止めた自分を見て彼女は慌て出した。
「お許しを……。今のは言葉のあやといいますか……」
彼女はたった今、自分が口にした言葉が信じられないと言った感じの顔をしていた。言い訳をしようにも頭の中が真っ白になって言葉が浮かばないようだった。
普段から思っていたのが知れた。そう思っていたからこそ思わず言葉が飛び出したに違いない。
しかし、言い得て妙なものだと思う。愛妾の子である自分が下賎ならば、彼女の父も出自が怪しいものになる。彼女の祖父は王弟なのに、彼女の父である公爵は王家の瞳を持っていなかった。
王弟は正妻を亡くした後、後妻を迎えたが、その後妻とはあまり仲が宜しくなかったと聞いている。嫡子である彼も苦手としている節があった。その理由が瞳にあったのだとしたら納得出来る。奥方の不貞により息子が生まれたと言うことだ。
どうやら公爵はその瞳の秘密を知らないようだ。だから影では娘の前で自分の事を愛妾の子と馬鹿にしていたに違いない。己が不義の子とは知らずに。
「別に構わない。余の母の身分が低いのは間違いないからな」
「あの、でもあなたさまは先々代の王の血を引く御方で……」
今更、取り繕ってもどうにもならないのに、なぜ彼女が必死になるのか分からなかった。先ほどまでは強気でいた彼女はしおらしくなった。体調は落ち着いてきたらしい。そこへ機嫌の良いイサイ公爵が戻ってきた。どやら実母と実入りの良い話でもしていたらしい。襟元が乱れているのは気になったが。
「ベラ。そこにいたのか?」
「お父さま」
「帰るぞ。陛下、御前失礼致します」
イサイ公爵の足取りは軽かったが、逆に娘の足は重そうに見えた。気になってテオドロスに命じて調べさせるととんでもないことが分かった。




