139話・英雄と呼ばれた男の最期
その後、しめやかにソニアの棺を王家の墓地に送り出した後で、ラーヴルと二人きりになる機会があった。
「これで陛下の御世は安泰ですな。邪魔になる者は全て消えました」
「ラーヴル」
ラーヴルは感慨深く言う。彼の頭には白いものが混じり、顔には皺が深く刻み込まれていた。彼の背丈を通り越した今の自分には何だか将軍が小さく見えた。
「あの女は醜悪でした。最期まで王家の秘宝について口を割らないのですから」
「姉上が醜悪?」
「ええ、あの女は本来、陛下が手にするはずだった財宝をあの世まで持って逃げたのですよ。あれはあなたさまに相応しいものだと言うのに実に勿体ない」
王家の秘宝は、陛下が持つべきですとしたり顔で言うラーヴルが浅ましく思えた。
「王家の秘宝か。あれは余には相応しくないものだ。その事を将軍はよく知っているだろう?」
「何をおっしゃいます。王家の秘宝を手にするのはあなたさまが相応しい」
確信を持って言う将軍に、この男は王家の秘宝について何も知らないのだと思う。知らなかったから誤魔化し通そうとし、王もまた騙されたふりをしてきたのだ。
「将軍は王家の秘宝とは何か知らなかったのだな? あれは王家の秘匿だ」
「……?」
王家の秘宝について何かを知ろうとしなかった将軍に呆れる気持ちしかなかった。その年になってまでこの男は王を越えることすら出来やしない。全ては王の掌の上だったと言うのに。
「教えてやろう。王家の秘宝とは王家特有の瞳の事だ。王の血を引く証である瞳を持たぬ余はまがい物なのだ」
「……!」
「将軍。父上は余が己の子ではないとご存じであった。なぜならば余の瞳は朝、夕と変化しなかったのだから」
「あの瞳……」
ようやく将軍も気がついたようだ。そしてこの後の自分の言葉に気をよくし、歩み寄ろうとした。
「将軍、礼を言うぞ。余をこの世に生み出してくれたことを」
「イヴァン陛下」
ラーヴルが両手を広げる。抱擁でもしようとしたのだろうか? それとも父親の名乗りを上げる気でいたのかどうかは分からない。
────屑が!
その腕の中に収まるような行動を見せて、迷いなく心臓に隠し持っていた刀を強く突き立てた。将軍はぐっと呻き声を上げ自分から距離を取るべく後退りかけて「なぜ?」と声を上げその場に崩れ落ちた。
「おまえは父王を始め、兄や姉を死へと追いやった。おまえは立派な国家反逆者だ」
「イヴァ……ン。へい……か。私はあな……の……ちち……」
「認めぬ。言うな、その先を」
この男を父と認めたなら、実母は姦通していたことになる。そこで気がついた。父王はどうして実母の浮気を知りながら訴える事をしなかったのかと。
既婚者女性が夫以外の者と肌を合わせることなどあってはならないことだ。この国では女性の地位はさほど高くない。
男の浮気は大目に見てもらえても、女性は身持ちが軽いと見なされて断罪されるのがオチだ。
姦通罪で処刑することも出来たのに父王はしなかった。父王の最期に会った時の言葉が脳裏に蘇った。
────おまえは余の息子ではない。
それは批難した感じには聞こえなかった。ソニアを守る盾となれと言い残した父王の表情は、それまでの険しいものではなく、おまえになら任せても良いとあの時、背中を押された気がしたのだ。
崩れ落ちた男の顔を見てやろうと身を屈めると、男は虫の息で誰かの名を呼び、イヴァンを見て微笑んだ。その名は女性の名前のような気がした。これがこの国の英雄と呼ばれた男の最期となった。




