138話・逝かないでくれソニア
しかし翌日に予想外のことが起きた。ラーヴルがソニアに接触したのだ。先王だった兄のイラリオンや、王位継承権を持つアレクセイ兄王子はすでに処刑されている。ラーヴルらの狙い通りにイヴァンは王冠を抱く事になったので、姉のソニアは幽閉されたままで処刑は見逃すだろうと思っていた自分が甘かった。
塔の見張りを任せていた配下の者から早馬で知らせがあった。ソニアに会いに将軍が来たという。胸騒ぎに襲われて急ぎ塔の階段を駆け上がりソニアが幽閉されている部屋に向かえば、ラーヴルがソニアの頭を掴んでテーブルに押し当てているのが見えた。
「おい、黙ってないで何とか言ったらどうだ」
力任せにテーブルに打ち付けられているソニアを見たら頭に血が上った。
「止めろ!」
「陛下。どうしてここに?」
部屋の中に踏み込むとラーヴルと目が合った。
「この野郎っ」
思い切り横っ面を張り倒すと、ラーヴルは壁に体を打ち付けて動かなくなった。将軍のことは配下の者に任せ、床の上に倒れ込んだソニアを抱き起こした。
「姉上!」
姉上の胸元は嘔吐物で汚れていたが、そんなことは気にしていられなかった。ソニアの無事を確信したかった。
「姉上。しっかりして下さい」
「イヴァ……?」
人形のように青白い顔色をしたソニアが目を泳がせて自分を捕らえた。
「あな……た……に会い……たかっ……」
ソニアは自分の方へと手を伸ばしかけ、弱々しく微笑んだ。その手が頬に触れようとして宙を掻く。
「姉上? 姉上」
「……」
ソニアの瞼が落ちていた。腕の中の彼女から急速に体温が奪われていくような気がする。
「逝かないでくれ。姉上。頼む。何とか言ってくれ」
もう一度目を開けてイヴァンと呼びかけて欲しい。縋るような思いで腕の中で冷たくなっていくソニアの体を抱きしめ、いつまでも彼女を呼び続けていた。




