137話・これからが正念場
「おい、ヴァン。呆けている場合じゃないぞ」
「テオ。おまえどうしてここに?」
「誰かさんが呆面を晒しているから、ここに連れてきたんだろうが。将軍には王都に来るまでイヴァンさまは寝ないで馬を駆けさせて来たせいでお疲れのようですと言い訳までしてな」
「将軍は?」
「おまえの母親と仲良く祝杯をあげていたよ。一応、主役のおまえの気持ちなんかこれっぽっちも考えてないな。特におまえの前で言うのはどうかと思うが、あの愛妾さまはないな。自分のお気に入りの男達を侍らせていて早くも女王きどりだ」
テオドロスは呆れたように言う。その態度に彼は自分を裏切ってないのではと思った。
「おめでとう。簒奪王イヴァン。これからおまえの天下だな」
「テオ。嫌みは止めろ。こんなの俺は望んでない」
「おまえが望んでなくともお膳立てはされてしまった。おまえ、これからどうする気だ? あいつらはおまえを傀儡の王にして享楽に耽る気だぞ」
「このままで良いとは俺も考えていない。テオ、アレクセイ兄上がどうなったのか分からないか? それにイラリオン陛下や姉上も」
「この宮殿は将軍一派に占拠されている。三週間前に将軍は動いたそうだ。イラリオン陛下はすでに処刑された」
テオドロスから聞くまでもなくそうではないかと思ってはいた。当代の王が亡くなるか退位しないことには自分の戴冠はあり得ない。優しかった兄の死を知らされて足下がふらついた。
「アレク兄上は?」
「今日、処刑された」
頭の中が真っ白になった。間に合わなかった? 兄上の無実を証明しようとしたのに?
「嘘だ。嘘だろう……? なあ、テオ」
「残念だが本当の話だ。おまえも聞いただろう? 王都に入った時に鳴り響いていた弔いの鐘を。あれはアレクセイ殿下の物だった」
テオドロスも辛そうな顔をしていた。よりにもよって自分が王都入りしていた日に兄が処刑されていた。もう少し早くたどり着いていたのなら処刑を止めさせる事が出来たのかも知れない。そう思うとやりきれなかった。
「くそっ。もう少し早く俺が……!」
後悔しか出なかった。もしもという言葉がぐるぐると頭の中を駆け巡る。そこへテオドロスが苦しげに無駄だと告げた。
「アレクセイ殿下は軍に入隊したときから狙われていた。殿下は将軍候補として先々代の王が考えていた節があって、当時の王と将軍が対立していたこともあり、将軍にとっては目の上のたんこぶで目を付けられていた。遅かれ早かれこうなっていたと思う。将軍の手の者が側にいて殿下の動向を探っていたようだからな」
「まさか将軍の手の者がアレク兄上の側に? 誰だ? それは」
「デイクだよ。あいつ、裏切ってやがった」
「……!」
デイクといえば兄上の副官だ。常に兄に付き添っていた。彼が将軍に寝返ったのだとテオドロスは言った。
「許せない。兄上を。おのれ……!」
怒りが湧いてきて剣を手に部屋を飛び出そうとしたのをテオドロスに止められた。
「待て。早まるな。ヴァン。今動くのはまずい。下手に動くとソニア殿下の命に関わる」
「そうだ、姉上。姉上はどこに?」
腹心の制止の言葉で我に返った。まだ、ソニアが生きている。彼女だけは将軍らの手から守らなければ。
「囚人が収容される塔に送られたそうだ。そこで監禁されているらしい」
「姉上……」
「ソニア殿下をお救いするのだろう? 囚われのお姫様を救い出すのは王子さまと相場が決まっているからな。でも、おまえはもう王さまか」
テオドロスは自分がソニアに向けている気持ちに気がついていたようで、何かとからかわれてきた。
「まずはソニア殿下に付けられている兵を、俺たちの仲間に入れ替えるんだ」
すぐには動くべきではないとテオドロスは言う。機会を待てと言うことだろう。
「そうだな。ものは考えようかも知れない。塔に収容されていると言うことは害する者からは守られている。あそこは容易に忍び込めない場所だし、収容されている限りは姉上の命は無事だ」
「慎重に事を起こすべきだ。しばらくは様子をみよう。そのうち相手も隙を見せる。その時がチャンスだ」
テオドロスの言うことも一理あると思う。それにまだもう一人女性を守らなくてはならない事に気がついた。姉上にはしばらく虜囚のような生活をさせて不自由をさせてしまうが、近いうちにそこから必ず出すと心に決めた。
「テオ。おまえがいてくれて良かった。礼を言う」
「ヴァン。これからが正念場だぞ」
テオドロスは腹心の部下でいてくれた。たった一人の味方でもいてくれることが嬉しかった。




