135話・冤罪
アレクセイは自分を執務室に呼んで言った。
「これから僕は兵を率いて宮殿に制圧に向かおうと思う。留守の間、ここを頼むよ」
「兄上。別に兄上が向かわなくとも向こうにはラーヴル将軍がいます。援軍なら王都の周囲に配置に着いている隊を回せばいい。兄上が足を運ぶまでもないのでは?」
「僕もそうは思うけど、わざわざ将軍からこのような知らせが来たということは、彼の手では抑えきれない何かが起こっているのかも知れない」
「でも、兄上」
「そう心配しなくてもいいよ。それに宮殿にいる陛下や姉上のことも気になるから」
事が終わったらすぐ戻ってくるとアレクセイは言った。そう言われると強くは引き止められない。自分も宮殿にいる兄王や、ソニアの事が気にかかってはいた。
「僕が向こうに行っている間、ネリーの事を頼めるかい? 向こうに彼女を連れて行くわけには行かないからね。彼女のことだけが心配だよ。もしも、僕の身に何かあれば彼女を守って欲しい」
「止めて下さい。そんな言い方。兄上は向こうを制圧されたならすぐに戻られるのでしょう? 無事の帰りをネリー義姉上共々お待ちしておりますよ」
アレクセイは子爵令嬢のネリーと密かに交際していた。この辺境部隊でその事を知るのは自分だけだ。アレクセイはゆくゆく彼女を妻に迎える気だと言って紹介してくれたのだった。
彼女はもともと宮殿でアレクセイ付きの女官として仕えていた。ところが年老いた父親が病に倒れ、その介護の為に宮殿を去っていた。
この地にやってきた兄はその彼女と偶然に再会し、彼女の住む館に招かれてからというもの、何度か足を運んでいるうちに親しくなって行った。
ネリーは特別美人ではないものの、他人のことをさりげなく気遣える雰囲気美人だった。心優しい兄に似合いの女性で好感が持てた。
そのネリーを託したいと言われてとんでもないと思う。アレクセイには無事に戻って来てもらわねばネリーが悲しむ。
「きみが僕の弟で本当に良かった」
「何を言い出すのです? 兄上」
「きみは僕の頼りがいのある弟で可愛い弟だよ。誰が何と言おうとも」
「兄上?」
その言葉に嫌な予感がした。
「兄上、やっぱり行かないで下さい。いや、私が代わりに行きます。兄上はネリーの側にいてやって下さい」
「イヴァン。僕を笑いものにする気かい? 女に夢中になって仕事に支障が出たなんて姉上に知られたなら激怒されるよ」
「アレク兄上」
「心配するなって。暴動を抑えて必ず帰って来る。それまで後は頼んだ」
「畏まりました」
アレクセイ兄上はそう言い残すと、三分の一の兵を連れて王都に向かった。ところがその後、連絡がつかなくなった。不安を覚えて使者を送り込むと、アレクセイが捕らえられて囚人塔に収容されたと報告があった。
アレクセイ兄上には容疑がかけられていた。兵を連れて王都で暴動を起こしたというものだ。
「そんな馬鹿な。兄上は将軍の知らせを受けてここを経った。これは何かの間違いだ。そのことについて将軍は何か言ってなかったか?」
「将軍は知らぬとおっしゃられておりまして」
「なに? 使者を送ってきたではないか」
「その使者を送った覚えはないと」
「何だと? ではイラリオン陛下は?」
「それが……。お姿が見えず病に伏しておられたようです」
宮殿から返ってきた使者はイラリオン陛下に会えなかったと言った。謁見室で会ったのは将軍で一方的にアレクセイ殿下は罪人となった為、塔に収容されていると告げられたらしかった。




