134話・自分は誰の子?
キルサンはしばらく辺境部隊が良く世話になっている診療施設に送られた。目には異常は見られないものの、頬の傷を縫うことになり手術が必要になった為だ。
キルサンの元へ申し訳なさが先に立って何度も見舞った。その度に謝罪の言葉しか出ない自分を彼は責めることがなく、それがとても心苦しく思われた。
ある日、いつものようにキルサンを見舞いに訪れると先客がいた。閉じられたドアの向こう側から聞き覚えのある声が聞こえたような気がして耳を澄ますと、その声はラーヴル将軍のものだった。
「キルサン。偉いぞ、良く殿下を守ってくれた……礼を言う」
「父上の頼みなら例え火の中、水の中……」
「それでこそ我が息子だ」
「父上」
声の調子から抱擁しあう父子の姿が見えるような気がした。キルサンがラーヴルの息子としったショックは大きかった。彼が将軍の子とは思わなかった。
感涙にむせび泣くキルサンの声を背にドアから離れた。
────おまえは余の息子ではない
苦渋に満ちた父王の姿が目に浮かぶ。実母は王の目を欺き通した。王の子と偽ってまで自分を産んだ。それを知りながらぬくぬくと生き延びてきた自分。父王はどんな思いでいたのだろう?
恐らくすぐにでも亡き者にしたかったに違いない。それを王妃に止められたせいで出来なかった。
自分にとって王妃は命の恩人。父王にとっては偽りの息子。実母にとっては名ばかりの息子。将軍にとっては……?
「イヴァン? どうした?」
「……兄上」
よほど暗い顔をしていたのだろう。診療所から戻ってきた自分を兄のアレクセイは訝った。
「俺は誰の子なのでしょう?」
「きみは先王の子だ。俺たちのかけがえのない兄弟だ」
「兄上……」
「普段のきみらしくないな。何か誰かに言われたのか? 胸張って言ってやれ。陛下の弟だと、摂政姫の弟であり、僕の弟だとね」
「あに……え」
兄の優しさに心打たれた。情けなくも涙が出た。
「心ない奴には言わせておけよ。でも僕たちにとってきみは可愛い末弟だよ」
よしよしと抱きしめられて、遠い日の今は亡き王妃さまの事を思い出した。女々しいだろうか? 今はただこうして抱きしめてくれる兄が有り難かった。
キルサンは顔の傷は残ったが、本人は卑屈になることなく一層鍛錬や仕事に励むようになっていた。その彼に影響を受けて負けじと職務に遂行していくうちにさらに出世して、一個中隊まで任せられるようになっていた。
そんな中で宮殿にいるラーヴル将軍からの使者が来て、思わしくない知らせをアレクセイ兄上の元に届けた。反王制派が宮殿で暴動を起こしたというものだ。




