131話・父王の呼び出し
七年が経ち生まれて初めて陛下から呼び出しを受けた。その頃には王妃は亡くなっていた。アレクセイは軍に入隊し、イラリオンとソニアは執務室で王に代わり政務を執り始めていた。
皆が自分より距離を取り始めたように感じられて寂しく思われていた時期だった。そこへ全然、接触のなかった陛下からの呼び出し。何の用だろうと赴いてみれば父王は寝台の中にいた。上半身を起こした父王はこちらを見ていた。肌は青白く、頭の毛は真っ白に変わっていた。皺が刻まれた顔には威厳のようなものが顕在していた。
「イヴァンか?」
「はい。陛下」
「おまえの話は聞いている。武術が得意だそうだな? おまえに稽古を付けている教師が剣聖になれるほどの才覚があると褒めていたぞ」
「ありがとうございます」
「そこでだ、イヴァン。おまえ辺境部隊に所属しろ」
「……!」
それを聞いて頭の中が真っ白になる。辺境部隊とはこの国の守りであり、他国が侵入してくるのを防いでいる部隊だ。そこへ仮にも王子が送られるなんて一度もなかったことだ。
アレクセイも部隊に身を置いているが、王都の周辺の部隊に配属されている。自分はてっきりそちら側に行けるのだと思っていた。
「私はまだ十四です。アレクセイ兄上だって十八になってから入隊を……」
「それがどうした? ラーヴルが軍に身を置いたのは十三の頃だぞ」
「……」
第二王子のアレクセイだって十八歳になってから入隊したではないかと言えば、将軍が十三歳で入隊したと父王は言った。前例がないわけではないと言いたいらしい。極めつけに言われた次の言葉に金槌で殴られたような衝撃が走った。
「それにおまえは余の息子では無い。分かっておっただろう?」
父王がこちらを見据えてくる。
「私が兄上や姉上のような瞳を持たないからですか? あの瞳は王の子の証なのですね?」
「ああ……」
何となく察してはいた。彼らと共に育ったのだ。姉や兄の瞳の色が昼間と夜では変化することに気がついていた。自分にはそれがなかった。
幼い頃、その疑問を王妃にぶつけたら「あなたのお兄様とお姉様は陛下に似たのよ」と、言われ、「でもお母さまもあなたと同じよ。瞳は変化しないわ。仲間ね」と、微笑まれて誤魔化されてしまった。成長するに従ってもしかしたら? と、思うことはあった。父王が自分の存在を認めたがらないことや、実母の爛れた男関係。実母の前で、我が物顔で振る舞う将軍を見て不安はあった。
「あれが真実を明かしてくれるなと死ぬ前に我に言い残した。しかし、もうこの我もいつまで生きていられるのか分からぬ」
陛下の言うあれとは亡き王妃のことだろう。その後に続いた言葉が気になった。
「陛下?」
「我の体は毒で大分がたがきている。もって数年の命だろう」
「……! 陛下に誰かが毒を盛っていると? 誰です? それは?」
幾ら陛下に捨て置かれた身だとはいえ、陛下に誰かが毒を盛っていると聞かされては平静ではいられなかった。
「兄上達に知らせて早急に対処をしてもらいましょう」
「無駄だ。医師がもって数年の命だと匙を投げた」
「そんな……! 兄上達にはその事を?」
「伝えておる。ソニアには言ってないが、イラリオンとアレクセイは知っておる」
「どうして姉上には伝えないのですか?」
「ソニアの気性を知っておろう? ソニアは黙っておられない質だ。無駄に相手を煽ることになる」
そこには不器用ながら娘を心配する父親の姿があった。
「ソニアは気が強いし、頭が回るがそれだけだ。か弱い女の身で出来ることなど限られている。だからおまえはソニアの為に力をつけろ。ソニアを守れ」
「姉上を守れとおっしゃっているのですか?」
「嫌か? そなたは幼い頃からソニアの後を追っかけ回していただろう? 好きではないのか?」
好きな女一人守れないのか? と、聞かれた気がして奮い立った。陛下は自分の身に起きたことがソニアに起こらないでもないと注意を促してみせたのだ。
「御意。姉上を必ずやお守り致します」
「頼んだぞ。おまえには王位はくれてやれない」
「分かっております」
自分は陛下の子でないことは重々承知だ。陛下に頷いてみせると言われた。
「ソニアを守り切ったその暁にはおまえにソニアをくれてやる。ソニアを助け、ソニアの横に並べ」
「はい。必ずや」
「頼んだぞ。我は少し休む」
侍従を呼び、陛下のことを頼んで退出した。それが父王との最期の別れとなった。




