127話・母と子
ある日、見目の良い男と腕を組み中庭を歩く実母の姿を目撃して泣けてきた。廊下で黙って泣いていたらその頭を抱き寄せてくれる存在があった。王妃だった。
王妃は自分が泣き止むまで抱きしめてくれた。泣いてすっきりすると心の中が落ち着いてきた。
「おうひさまはどうしてぼくにやさしいのですか? ぼくのこときらいじゃないの?」
自分の言葉に王妃は目を丸くしてから、微笑んだ。
「私はあなたが大好きよ。あなたは誰がなんと言おうと私の息子よ。あなたはとても優しい子。お父さまによく似ているわ」
「王妃さま……」
父王に望まれてもいない自分が父王に似ていると言われて嘘だと批難しようとした。父王に似ているのは髪の色だけ。兄王子のようなキラキラ美しい瞳は持っていないのに?
「ねぇ、ヴァン。私の事は王妃さまじゃなくお母さまと呼ぶ約束でしょう?」
「おう……、おかあさま……?」
王妃は自分が「お母さま」と呼ぶことを求めていた。でも、実母があんな男にだらしのない、慎みのない女でその息子である自分が、父王の正統な妻である王妃さまに対して「お母さま」と呼ぶのは申し訳ないような気がして気が引けた。
でもおずおずと切り出した言葉に、王妃はよく言えましたと頭を撫でてくれた。優しい手つきだった。
「そうよ。私の愛しい息子。ヴァン」
こちらを見る瞳に優しく愛おしむような色が浮かぶ。そこには心の中に蟠った思いが解けていくような暖かさがあって、その日から王妃さまは、自分の中で母親になった。
でも両陛下に対して罪悪感のようなものがなかったとは言わない。両陛下は愛妾である母が現れるまでは仲睦まじかったと聞かされていたから。
そのお二人の仲を引き裂いたのは実母と自分。その事を思えば、王妃さまによくして頂いている状況が自分の身に過ぎたものとは自覚していた。
自分がまだ五歳という子供であることから、王妃さまは例え母親に不愉快な思いを抱いていても、その子供には罪がないと考えて下さっているのだろうと思っていた。
それから数日後。父王が珍しく王妃のもとを訪ねてきた。ところが王妃の側にいた自分を見つけると、不快な表情を浮かべて突き飛ばした。
「これから王妃と大事な話がある。おまえは邪魔だ。ここから出て行け」
「何をなさるのですか? 子供相手に」
「夫婦の語らいの場所に子供など邪魔にしかならん」
そう言って王妃の腕を引く。陛下は寝室に王妃を連れ込もうとしていたのだ。王妃は掴まれた腕を払いのけた。
「気でも狂われたのですか? 私は御褥すべりをした身。アニスのもとへ向かわれては如何ですか?」
「あれは月のものが来た。夫の相手をするのは妻の勤めであろう」
「お止め下さい。子供の前で」
王妃の言葉に陛下が嘲るように言う。
「そんなのは口実だろう? おまえは我の何が気に食わぬのだ? この国の王妃にまで上り詰めて何が不満だ」
「不満などございません」
父王に再び腕を掴まれて嫌々と首を横に振る王妃を見て、父王は王妃に乱暴を働こうとしていると思った。
子供心に母を助けなければと思った。その手を引き離そうと間に立つ。
「おやめください。へいか。ははうえさまがいやがっています」
「義母上だと?」
自分の行動に父王は目をつり上げた。手首を捻りあげられる。強い力で痛みよりも父王の苛立った顔が怖かった。




