126話・邂逅
イヴァンの過去話です。
その女性に初めて会ったのは5歳の頃だった。ある昼下がりに、王妃の寝台の脇で絵本を読んでいたらドアが開け放たれて「お母さまっ」と、飛び込んで来た女性がいたのだ。
その人は父王に似ていた。そっくりだった。父王の女版と言っても差し支えが無いほどに。間違いなく父王の娘だった。それが愛妾の子である自分には羨ましく、眩しかった。
「なんです? 騒々しい。久しぶりに顔を見せたと思ったら。ソニア、お帰りなさい」
「ただ今、帰りました。その子は?」
「この子はイヴァン。あなたの弟よ。仲良くしてあげてね」
王妃の言葉を聞いてソニアが探るように見てきた。
「異母兄弟ですか?」
「そうよ。この子は五歳になるわ。可愛いでしょう? さあ、ご挨拶なさい。イヴァン」
「はじめまして。おねえさま」
「はじめまして。私はソニアよ。あなたの一番上のお姉さまになるわ」
正直、姉というよりは兄のようだと思ってしまった。それぐらい彼女は威風堂々としていた。父王に負けず劣らず威厳が感じられた。
愛妾である母は見た目が冴えなくて、お見合いの王子にこっぴどく振られた惨めな王女と言うものだから勘違いしていた。
てっきり自分の容姿に自信が無く、ひ弱で他人の中傷に一喜一憂する根暗そうなイメージを抱いていたのだ。それが違った。その時に人の噂ほど宛てにならないと知った瞬間だった。
「お父さまったら何を考えているのかしら? 五歳って言ったら六年前には迎えていたって事?」
「およしなさい。ソニア」
「お母さま」
彼女が言いたいことは何となく分かった。彼女が宮殿を飛び出してから八年。自分の知らぬ間に父王が愛妾を迎えていただけでもショックな出来事なのだろうに、子供までいたのだから裏切られたように感じられたのかも知れなかった。
王妃は自分を見てソニアを窘めた。ソニアは母思いの娘のようでそれ以上、自分の前でその話題を口にすることはなかった。
父王は何を考えているか自分にもさっぱり分からなかった。知性も教養も無い母を愛妾にして自分が産まれると「王女ならば使い道があった」と言っていたらしい。
母は機嫌が悪くなるとよくグチグチ言っていた。
「なによ、気分が高まれば呼び出すくせにこれ以上、王子はいらないって。欲しいのは王女だって。次は王女を産めってなに?」
爪を噛むせいで先端がギザギザになっていく。
「おまえは気持ち悪い子ね。母が嘆いているのに慰めやしない」
自分のことしか考えない母は、母親の資格はなかった。育児放棄して王に隠れて他の男を物色する。相手は不特定多数で侍従や、護衛兵の中に何人かいた。提供者はラーヴル将軍で、かれもまた母のお気に入りだったりする。
類は友を呼ぶというが、母に仕える女官達も碌な女ではなく、母を影では非難しながらも、母のおこぼれに預かろうと母が気にかけた男に言い寄っていた。
そんな女を愛妾にしているのだ。それを遠巻きに見つめながらも父王の気が知れなかった。
自分は物心ついた時には、王妃が養育に名乗りをあげてくれたおかげで産みの母親からは遠ざけられていた。
王妃の優しさに触れる度にどうしてこの御方が実の母では無いのだろうといつも思っていた。親を選べるのならあんな母のもとになど産まれたくなかった。




