125話(最終話)・さようならまた会う日まで
その後、宰相とアルシエン国の間諜だったブリギットの偽者は処刑された。
ロディオン王子は、アルシエン国王から正式な謝罪がありクロスライト国を騒がせた迷惑料として、クロスライト国と接している領土の一部を支払い、多額の賠償金を支払うことで王子を帰国させることとなった。
「無事に帰れることになって良かったですわね? ロディオン王子」
「砲弾の一つでもアルシエン国の王宮にぶちかましてやろうと楽しみにしていたのになぁ」
「まあ、見たかったですわ。さぞ、威力が凄いのでしょうね?」
「ああ。一つで王宮が崩壊するくらい力があるぞ。古い宮殿を建て直すためにぶっ放してみたら物の見事に崩壊したからな」
「御世話になりました。もう二度とお二方の前には姿を見せませんのでご容赦下さい」
帰国するロディオン王子が挨拶に来たので嫌みの一つでもと思ったら、イヴァンの言葉に王子は青ざめて大人しく立ち去っていった。
「なんだ、あいつ。ライバルにもならなかったな」
「もしかしてイヴァン、王子が私のことを気に入ったから王配になるって言ったことをまだ根に持っていたの?」
「当然だろう。あんな見目だけの男は萎えてしまえばいいんだ」
苛立ちを見せるイヴァンが子供のようで可笑しかった。笑うとふて腐れる。
「なんだ? 子供っぽいって言いたいのか? 悪かったな」
「私も大人げないもの。お互い様でしょう?」
私だってブリギットに嫉妬したしねと彼の腕に自分の腕を絡めたら、イヴァンが照れくさそうな顔をする。その横顔にキスをすれば目を丸くしていた。
数ヶ月後。私はイヴァンと共に、前世ソニアだった自分が生まれ育った宮殿を前にして見つめていた。この宮殿で王女として生を受けた私は、父王や王妃である母に愛されて育った宮殿に別れを告げた。
目を閉じれば幼かった頃の兄のイラリオンや、弟のアレクセイが駆けてくるような気がする。厳しくも頼もしかった父や、美しく優しい母が側に現れそうな気がする。そして初めて会った時の少年のイヴァンも昨日のことのように思い出せるのに、転生して再び足を踏み入れた宮殿はあの頃とちっとも変わってないようなのに、少しだけ雰囲気が変わっていた。
宮殿は王の顔なのだろう。私が知るのは父王が主だった場所。陰謀が張り巡らされていて自分はあっさりその罠に掛かって命を散らしたのだけど、もう転生してレナータという人生を歩み始めたせいか、前世の記憶も夢のように頼りないものへと変わってきている。
イヴァンはこの宮殿から移り住むことを決めた。私の名をつけた都にある新しい宮殿に移り住む。この宮殿は別荘として使われる予定だ。
「レナータ。もういいか?」
心の中で思い出にけじめのようなものをつけていたら、隣にいるイヴァンが促してきた。
「ええ」
「ここを手放すわけじゃないし、また季節の変わり目に来ることになると思うぞ」
この宮殿と別れがたい様子を見て悟ったのかイヴァンが苦笑する。
レナータに転生してから初めてこの宮殿に足を踏み入れた時には緊張して足が重く感じられたというのに。
六歳で見上げた宮殿は大きく自分が飲み込まれてしまいそうに思われて、思わず隣にいた祖父の腕を掴んでしまった。
その宮殿の主は雄々しい王で、とても自分と同じ人間とは思えないような神々しさに包まれていた。王の力強い瞳に圧倒されつつも、神秘的な青緑色の瞳に惹きつけられた。
その国王に気に入られて王太子妃にされその後、王妃になるなんて思いもしなかった。前世では異母弟だったイヴァンが今生で夫になった。数奇な運命だと思う。なかなかこのような運命にお目に掛かることも無いだろう。
「さあ、レナ。行くぞ」
「はい」
イヴァンに手を差し出される。彼にエスコートされて私は門前をくぐった。この宮殿はしばらく無人となる。ここに来るのは季節の変わり目となるだろう。こことはしばらくお別れ。宮殿にさよならを告げて私はイヴァンと馬車に乗り込んだ。




