122話・自分勝手な男
「おまえは何と言うことを……! おまえはソニアをっ」
「ヴァン。落ち着いて」
「レナ」
イヴァンは宰相から手を離し、私の側に来る。イヴァンには色々思うところがあるだろう。怒りを抑えるのに必死になっている彼に代わって聞いた。
私は転生してソニアとは別の人生を始めたせいか、宰相の告白を聞いても怒りや恨みのような気持ちは湧かなかった。心の中は穏やかだった。
「宰相は自分のしでかした事がいつの日か露見することを恐れていたのね?」
「私は初めてレナータさまにお会いした時、その瞳が変化する事を知り、もしかしたら亡き王達の怒りに触れたのではと恐ろしくなりました。自分が証拠を隠滅したはずの王家の秘密が、イヴァン陛下に引き寄せられるように現れたのです。偶然とは思えなくなりました。そのうち自分がした事がばれるのではないかと怖くなり、レナータさまを殺害しなければ己の心の平安が来ないとまで思い詰めてしまいました」
宰相は王妃である私の暗殺未遂を企んでいたことも認めた。ソニアだった私の殺害の主犯も彼だった。前世の因縁を考えずにはいられない。
彼はもう助かる見込みはないと悟っているせいか、自分の罪を受け止めて処刑される覚悟を決めたようだ。みっともなく取り乱すような事はしなかった。
「ブリギットさまを騙っていたあの女性とはどのような繋がりなの?」
「彼女はアルシエン国が送り込んできた間者でした。ブリギット殿下の命を狙いましたが、あの場で狙われているのは陛下だと思った本物のブリギットさまが咄嗟に担架で運ばれてきたイヴァン陛下に覆い被さった事で心臓を外れ、暗殺は失敗に終わり私の屋敷で侍女としてしばらく匿っていました」
「では彼女はイヴァンの命を狙ってはいなかったと?」
「はい。でもその事で皆の目が向いてそれ以上、ブリギットさまに手を下すことが出来なくなりました」
つまり彼女は修道院に怪我人が運ばれてきて、その怪我人を気遣うブリギットを刺す予定だったが、暗殺者が狙っているのはイヴァンに違いないと本人が誤解して彼を庇って身を伏せた事で狂いが生じたらしい。
イヴァンも自分が狙われていたように私には話していたし、本当はブリギットの方を狙っていたとは驚きだった。
「その後、陛下が即位され、私は予定通り宰相になりましたがその頃、ブリギットさまが身を寄せていた修道院の院長から密かに連絡がありました。修道院の裏庭にご禁制のレンゲアザレイアの花が咲いている。誰かが植えていたようだと。実はあの修道院にはアルシエン国側の間者が数名潜んでいました。ソニア殿下の殺害に使ったレンゲアザレイアの花は、修道院にいる間者が育てたものでした。あの花は繁殖力が強いらしく、ソニア殿下殺害後、花を刈ったはずなのに根が残っていたようで、再び花を咲かせたのです。それが陛下にばれたなら大事になると考えて修道院に火を付けました。焼いてしまえばいいと思ったのです」
「そして院長達が亡くなり、ブリギットさまのことを知る者がいなくなった。レンゲアザレイアの花を焼き払った後、どうしてブリギットさまの偽者を送り込んだの?」
宰相の行動は勝手なものだと思う。反吐が出る。この人は自分のことしか考えていない。人の命を何だと思っているのかと怒鳴りたくなる。
でも、そうするとイヴァンも責められてしまうことになりそうで出来なかった。もしも宰相を非難したのなら「それを言うなら陛下も同じではないですか? 私だけを責められますか?」
と、逆に言われそうな気がしたのだ。宰相にイヴァンの揚げ足を取るような事をさせては行けない気がした。イヴァンが追い詰められてしまうことになる。




