119話・おまえの夫は嫉妬深いんだ
「ヴァン。ブリギットのことだけど、あの人が偽者なら本物の彼女はどこにいるの?」
「本物はあのキルサン修道院で眠っている」
「えっ……?」
「前に言ったよな? 余が負傷した時、修道院に担架で運ばれた所を狙って襲った者がいると。その者から身を挺して庇ってくれたのがブリギットだったと」
「ええ」
「ブリギットは余を庇ったことで横腹に傷を受け、その傷が元で一年後に亡くなった」
「そんな……。じゃあ、あの人はいつから?」
「翌年、キルサン修道院は火事に見舞われている。当時の修道院の院長はご高齢で逃げ遅れたらしい。他にも修道女が沢山亡くなったと報告にある。新しく修道院を建て替えるのと同時に、院長も代わり修道女達も新たなメンバーに代わったと聞くからブリギットに成り代わるとしたらその時だろうな」
「あなたを狙った相手が、あなたの命を助けた者に成り代わるなんて変な話ね。アルシエン国王はその事を知っていたのかしら?」
「偽者のブリギットが毒を煽ろうとしたぐらいだ。彼女を送り込んだのはアルシエン国王とみて間違いないだろうな」
「アルシエン国王がブリギット王女のなりすましを認めていた? 自分の妹を刺した相手を? おかしくない?」
半分だけ血が繋がっているとは言え、ブリギットとアルシエン国王は兄妹だ。いくら間者の狙いがはずれたと言っても、王女を刺した間者を国王は許せるだろうか?
そう考えた時、嫌な考えが浮かんだ。
「まさかアルシエン国王は何らかの理由でブリギット王女を邪魔に思っていた? もしかしてイヴァンを狙っただけではなくブリギット王女も狙っていたの?」
「おまえは賢いな。その通りだ。レナ。おまえには皆まで言わなくても分かってしまう。ブリギットには許婚がいたと言っただろう?」
「ええ。その方は亡くなったのよね? イヴァンの配下だったって言っていたわよね?」
「ブリギットは先代のアルシエン国王の娘として公の場で認められなくとも、父王は気にかけていたようだ。彼女は母と平民として隣国に逃れてきたが、そこで出会った男と婚約した。ブリギットは彼の死によって、アルシエン国と小競り合いが続いてきたのを哀しみ、終結させようと立ち上がった。自分がアルシエン国とこのクロスライト国の架け橋になれればと密かに活動を行っていた。それを兄王子である王太子が良く思っていなかったらしい」
「ブリギットは素晴らしい人だったのね。今も生きていたならアルシエン国と、クロスライト国の為に色々と手を尽くしてくれたでしょうに……」
惜しい人を亡くしたと思う。それなのにブリギットの名を兄王が貶めているなんて許せなく思う。
「どうして彼女の名を?」
「死んだはずの女を蘇らせて、余を揺さぶるつもりだったのだろうな。失敗したが」
「イヴァンはそんなことで揺らぐわけがないのにね」
「おまえという最強の守り神が側にいることをあそこの王は知らないからな。しかし……」
イヴァンが顔を寄せてくる。青緑色の瞳が見据えていた。怒りの矛先がこちらに向けられたようでドキリとする。
「王配だなんて、肝が冷えたぞ」
「あれは鎌をかけただけよ」
宰相の元へ乗り込んで「王配にならないか?」と、言ったことをイヴァンは気にしていたようだ。
「おまえが余以外の者を夫に迎える気だったとはな」
「違うわ。そんなこと望んでなかったから。相手がその気になったとしても上手く躱す気はあったもの」
「許せんな。軽くそのようなことを口にするとは」
「ヴァン?」
「そのような事をもう二度と言えないようにしてやる」
「な、なに?」
ひょいと体を彼の肩に担がれて運ばれてしまった。彼は寝室へとやってくるとベッドに私を落とした。
「何するの? ヴァン」
「お仕置きだ。おまえが軽々しく余以外の夫を迎えるなんて言えないようにする」
「やっ。ヴァン……」
「おまえの夫は誰だ?」
「ヴァンよ。後にも先にもあなただけっ」
首筋に彼の息がかかって、痕を残されたくない思いで言えばくすりと笑いが起きた。
「よく分かっているじゃないか」
「ヴァン」
喉にちくりと走った小さな痛みのような刺激が伝わる。今回も彼の所有印が残されていることだろう。後で女官に意味深な目を向けられるのに勘弁して欲しい。
「おまえの夫は嫉妬深いんだ。覚えておけ」
「そんなこと言われなくも分かってる。お返しね」
見上げた先の瞳は優しく微笑んでいて、こちらが焦るのを楽しんでいた余裕が感じられた。それがやり込められたように感じられて彼の頭を引き寄せ、首元に唇を押し当てた時には背中に腕が回されていた。




