118話・人質がいるのに
宰相が拘束されたことで、宮殿に残っていた反王制派達は皆、牢屋行きになった。宰相はイヴァンを王の座から引きずり落として、傀儡の王を立てるべく、隠居していた前イサイ公爵を新たな王にすることを画策していたらしい。
アルシエン国とは秘密裏に手を結んでいたようで、宰相の目的が果たされた後は、我が国の領土の一部を譲渡する約束になっていたようだ。
この事で目論見が外れたアルシエン国王は、イヴァンから送った抗議の使者に対し、クロスライト国の宰相との係わりは知らぬ存ぜぬを通し、逆にロディオン王子の帰国を求めてきた。
あくまでも王子はブリギットと言う名の女に騙されて片棒を担がされたものとして、自国で彼の取り調べを行うと言うものだった。
ブリギット王女の名を騙った女に関しては、クロスライト国王の命を狙ったこともあり、煮るなり焼くなり好きにしてくれと言うものだった。
その報告を山城の謁見室で、イヴァンと共に聞いた私は平静でいられなかった。
「何それ? トカゲの尻尾切りじゃない。こちらを馬鹿にしているわ。何だと思っているのかしら?」
「本当にな」
「イヴァン、悔しくないの?」
「呆れて言葉も出ぬ」
大使としてアルシエン国に向かい返事を携えて戻った祖父のバラムを労いながらも、相手の国王からの返事には憤りしか感じられない。そればかりか謝罪もなかったと聞いて腹が立った。
「ヴァン。軍隊の次の演習場所は決まったわね?」
「ああ。アルシエン国に狙いを定めるか?」
「妃殿下。陛下。そのような物言いはお止め下さい。冗談に聞こえませんから。それに……」
バラムが深くため息を漏らす。この場には向こうの国の王子もいるのだからと、私達の他にこの場にいるロディオン王子に目を向けていた。イヴァンは余裕の笑みを浮かべていた。
「冗談など言っておらぬぞ。余は本気だ」
「妃殿下、陛下を止めて下さい」
「止める必要があるかしら? こちらにはロディオン王子という人質もいるし、丁度良いのではない?」
ロディオンを横目で見れば、彼は頬を引き攣らせた。
「まさかとは思うけど、ロディオン王子も偽者とか言わないわよね? だからアルシエン王は王子がどうなろうと構わないと考えているとか?」
「レナ、それは殿下に対して失礼だぞ」
「だってあまりにもこちらを逆なでするような態度なんですもの。ロディオン王子の腕の一本や二本、送らないと気が済まないわ」
私の王子を貶める言葉に言い過ぎたと言いながらも、イヴァンの口角は上がっていた。ロディオンは私の言葉に血の気が引いたような顔をしていた。過激な言葉を吐く私を諫めるようにバラムが王子に言った。
「ロディオンさま。今度はあなたさまから兄上さまに言上、申し上げてみたら如何でしょう? 我が王はそちらの国にも噂が届いていると思いますが苛烈な御方。その御方を止められる唯一の御方までもがお怒りになっている。このままではアルシエン国にいつ、攻め入るか分かりません。有言実行の方々ですから」
このままではあなたの国が危うくなりますぞ。と、バラムが促す。祖国の対応によっては自分の命も危うくなると察したロディオンは神妙な態度で言った。
「済まない。イヴァン陛下。妃殿下。もう一度、私から兄上には事情を説明する。私はどうなってもいいから、どうか、我が国に攻め入るのだけは許してくれないか?」
「一度だけ機会をやろう。もしも、アルシエン国側の対応がこちらの望むものでなかったのなら、貴殿の首をもらい受ける」
イヴァンは一度だけ慈悲を与えることにしたようだ。口では何でもない様子を見せながらも、やはり彼は内心煮えくり返っていたのだ。イヴァンと付き合いの長い祖父にはそれがお見通しだったようで、祖父の対応に感心した。
「畏まりました」
「では王子、さっそく書いて頂いて構いませんか? 用意ができ次第、すぐにあちらの国へ向かいますので」
「済まないな。大使。面倒をかけるが宜しく頼む」
ロディオン王子は大人しく頷いた。自分の命が懸かっているだけに本気で兄王に懇願する手紙を書くだろう。帰国してすぐにまたこちらを発つ事になってしまったバラムには申し訳なく思うが、今度はロディオン王子の命が懸かっているのだ。
さすがにブリギットの時のように、そちらにお任せなどというふざけた返事は来ないものと思いたい。命の宣告を受けたような顔をしたロディオンはバラムに連れられて退出して行き、謁見室にイヴァンと二人だけ残された。




