117話・偽者
「もしかしてヴァン、あなたが再会したときに修道院まで送ってくれたのは花を確認する為に?」
「いや、単純に懐かしい顔に会って確かめたくなった」
ほくそ笑むイヴァンを前にして、ブリギットは顔色が悪くなっていく。
「余の命を狙った者がおめおめと生き延びている理由をな」
「……!」
イヴァンはブリギットを見据えていた。彼女は黙っていた。イヴァンの命を狙った? 彼女は命の恩人ではないの?
思わず私と同じように理解が追いついていないだろうロディオンを見てしまった。彼はまさかと呟く。
「姉上が? 嘘だろ? 姉上がそんな事をするはずがない。姉上、クロスライト王の話は何かの間違いですよね?」
「王子は知らなかったようだな? このブリギット王女は、アルシエン国王の配下の者。余の命を狙うべく送られた暗殺者だ」
「不躾に何を言う? 兄上の命だと言いたいのか? 姉上はけしてそのような御方ではない。信仰厚い御方なのだ」
ロディオン王子は、ブリギット王女はそのような血生臭い事とは無縁の人だと主張する。
「年の離れた王子だからばれないとでも思ったのか? 上手く手なずけたものだ。ブリギット王女」
「……?」
「姉上を愚弄する気か?」
「何十年も前の事とは言え、余も自分の命を狙った者の顔は見忘れたことはない」
イヴァンの言葉に引っかかりを覚える。以前、イヴァンはブリギットのことを自分の命の恩人だと言っていた。今も亡くなった許婚のことを思っているような事も聞いていたし、彼女は忍耐強い物静かな女性のイメージを持っていた。
でも山城を訪ねてきた彼女はそのイメージとは全然違い、全く別人のように思えた──。
別人? その二文字が頭の中で駆け巡る。もしかしたら……?
「あなたは何者なの? ブリギット王女を騙る偽者さん?」
「偽者?」
私の言葉に驚いたのはロディオン王子だけだった。私の言葉通りだったようだ。イヴァンは言った。
「驚くのも無理はない。余がアルシエン国との小競り合いで怪我をして、修道院に担ぎ込まれたときに襲いかかってきたのはこの女だった。この女から身を挺して庇ってくれたのはブリギットだ」
「酷い。ブリギットさんになりすましていたなんて」
「姉上ではない……?」
非難する私とは違い、ロディオン王子は慕っていた女性が実の姉ではなかったと知り呆然としていた。
ブリギットは胸元に手をやる。何か武器を取り出すのではと思った私は警戒した。
「何をする気?」
「捕らえよっ」
イヴァンの言葉にどこからともなく二、三人の間者が姿を見せ、速やかにブリギットを拘束した。ブリギットの手から小さな小瓶が落ちた。
「服毒する気だったのか? 余にばれたなら死ねとでも王から命じられていたのか? 簡単には死なせぬ。おまえには色々と吐いてもらわねばならないからな」
連れて行け。イヴァンの命で彼女は間者に連れ去られた。それを信じがたい思いでロディオン王子が見送っていた。




