116話・謝罪はいらない
「レナータさま。ごめんなさいっ」
「ブリギットさま?」
皆の目が彼女に向く。彼女はイヴァンを見てぎょっとした。
「陛下? なぜここに?」
それを問いたいのはこちらだ。なぜあなたがここに来た?
「あの。レナータさま。どうかお許しになって。その……陛下とのことは誤解で……」
「ああ。あの執務室でのことですか? イヴァンにキスされていたようには見えましたけど……」
先ほどまで山城にいたはずのイヴァンがこの場にいたのは想定外だったのか、彼女の言葉が尻すぼみになっていく。あのシーンを見て平静でいられなかった私だ。彼女の驚きは分からないでもない。
でもこの謎解きの答えは頭上からクスクスと笑いを漏らす相手が持っていた。
「別に謝罪はいらんぞ。ブリギット。おまえが今まで一緒にいた相手は余の影武者だからな」
「……!」
「余はこのロディオンの動きが気になってこいつの仲間に紛れ込んでいた」
ロディオンの仲間に扮していたイヴァンを見つけた時にそんな事だろうと察してはいた。イヴァンが偽者でもあのシーンは心臓に悪かったけど。
「ブリギットさま。どうしてこちらに?」
呼んでもいないのにやって来たのには何か理由が?と、言えばロディオンが動いた。
「義姉上」
「ロディオン」
彼女にロディオンが近づく。ロディオンはブリギットを庇うように前に立った。
「済まなかった。この通り謝罪する。この件に姉上は関係ない。姉上は何も知らない。この件で問うならば俺だけに。頼む」
「ここまで来ておいてブリギットさまは関係ないと? 宰相の養女となりイヴァンに近づいたのは、私を殺した後でこの国の王妃となる気だったのでしょう?」
謝れば済む問題ではない。ロディオンの要求を撥ねのけるとイヴァンからも同意の声が上がった。
「我らもずいぶんと舐められたものだ。ブリギット嬢。おまえがアルシエン国から送り込まれた間者だった事は分かっている」
「違います。わたくしは間者だなんて。酷いわ。ヴァン。わたくしを信じて」
「おまえに再会したときから疑っていた。今まで気を惹くふりをして調べさせてもらっていた」
「あなたの事を騙してなんかいません。わたくしは何もしていません」
馴れ馴れしく愛称で呼びかけてきたブリギットをイヴァンは忌々しく睨み付けた。
「おまえは聖職者の仮面を被りながらご禁制であるレンゲアザレイアを密かに栽培し、販売していたな?」
「何を言うの? ヴァン。わたくしがそのような事をするはずがないわ」
「陛下。姉上がそのような事をするわけがない。何かの間違いだ」
ロディオンがブリギットを庇うが、イヴァンはそれを一睨みして黙らせた。
「宰相はアルシエン国からレンゲアザレイアの花の種を入手してあの修道院でその種を育てさせてきたのに? そこにいたおまえは関係ないとでも?」
「ヴァン。それは……。修道院の経営が成り立たない時があってその……、孤児院の子供達にひもじい思いをさせたくなくてつい、魔が差したのよ」
「それでご禁制のレンゲアザレイアを栽培していたと? 余も馬鹿だった。あの修道院には怪我が完治するまで身を寄せていたのに、花の事を良く知らなかった為にまさかすぐ側でレンゲアザレイアの花が栽培されていようとは知らなかったのだからな」




