112話・めちゃくちゃな王妃
「お久しぶりですね。宰相」
「妃殿下。ようこそお越し下さいました」
私が宮殿に着くと、門番が慌てて知らせに走ったのか玄関まで宰相がでて来て出迎えた。久しぶりに会う彼は少しやつれて見えた。
もともと住んでいた場所にお客様のように出迎えられて妙な気がする。形だけでも深々と頭を下げてきた宰相のつむじを毟ってやりたい気持ちにさせられる。
「宰相。お招き有り難う」
「はて。どういうことでしょう?」
「あなたの予定では私を攫ってここに連れてくることになっていたのではなくて?」
惚けてみせる宰相が腹立たしかった。惚けても無理だと言えば苦笑が返ってきた。
「ここで立ち話はなんですからどうぞ応接室へ」
「お客様ではないのだから執務室にしてくれる?」
「畏まりました」
宰相が促すのを遮ると、私の後についてきたデミードは「妃殿下は見た目によらず気が強いな」と、呟いた。
執務室まで向かう間に誰ともすれ違うことがなく人気が全く感じられない。この宮殿に残っているのは、宰相とわずかな者達のようだ。
権力を欲した男がこうしてその象徴となる場所にいるというのに、かなり寂れたように思われる。山城に籠もっているイヴァンの方が生き生きしていて輝いて見える。
この違いは人望の差だろうか?
私は山城で暮らすようになってから考えていたことがあった。なかなか宮殿に帰ろうとしないイヴァンや、王が帰らない宮殿にいつまでも居座り続ける宰相のことを。
執務室にやってくると遠慮なく私はソファーに腰掛けた。父王の代から変わらない殺風景な部屋。宰相は私の向かい側に腰掛け、私を監視するようにデミートと、他に彼の仲間らしき護衛が一人その背後に立つ。
「イヴァンなら戻らないわよ。ブリギットをけしかけて戻って来てもらうつもりだったみたいだけど、彼女では力不足よ」
「妃殿下を不快にさせたようで申し訳ありません。幾重にもお詫び申し上げます」
宰相は私の怒りに気付いたようだ。謝罪はされたが心が伴わない詫びなんていらない。
「結構よ。この後で殺されるなんて堪ったものではないわ」
「妃殿下」
あなたの目的は分かっているつもりよと言えば、宰相は苦笑いを浮かべた。
「そのような場にあなたさまは単身乗り込まれてきたと言うことですか?」
「そうよ。あなたと取り引きにきたの。まどろっこしいのは好きじゃないわ」
私の物言いに遠い過去を思い返すような目つきをした宰相は何をと聞き返してきた。
「あなた王配にならない?」
「……何を申されるかと思えば、驚きました」
宰相が瞬きをする。デミートや、もう一人の護衛も驚いた様子を見せる。
「何をおっしゃるかと思えば……。一介の王妃に過ぎないあなたさまが大きく出たものだ」
「その王妃を殺して自分の息の掛かった娘を陛下の次の王妃にと考えるぐらいなら効率が良いのではなくて?」
「……!」
「イヴァンには単なる見目の良い女だけでは駄目だと、今度は思い出の中の教養もある女を言い寄らせて揺すぶる気だったのよね?」
「あんた、陛下がブリギットに言い寄られたからって嫉妬するのは分かるがこんなのめちゃくちゃだ」
思わずと言ったようにデミートが口を差し出す。宰相は見咎めなかった。宰相に気を許された存在らしい。しかも彼は雇い主の養女に敬称もつけなかった。




