11話・ヨアキムの脱走
そして二年後。
私は王太子妃を飛び越えて王妃となることが決まり、今日は陛下の隣に並び国を挙げての挙式で、皆から祝福を受けていた。
浮名を流してはいても、政略結婚で迎えた王妃を幽閉した後は誰も妻に迎えなかった陛下がようやく腹を括ったと、陛下の臣下達は涙を流して喜んでいた。
それを見ていると、陛下は誰も自分を王として認めていないと言っていたけど彼らは少なくとも忠臣の部類に入るのではないかと思う。
新婦の私には複雑な思いで一杯だったけど、周囲を観察する余裕ぐらいは心の中にあった。前世を含め、挙式って初めての経験なのに特に緊張もなくあっさり終わった。自分でも驚いた。
その後、宮殿では三日三晩パーティーが開かれ、貴族達は食べて終わって飲んで踊って……と、なる予定が無くなってしまった。
突如、国境付近で暴動が起き、それを領主らが唆したらしいと報告が上がってきたのだ。陛下は事実確認の為に数日前から使者を送っていたようなのだけど、それにどうやら隣国も関わっていたようで騒動が大きくなっていて収拾がつかず、王自ら暴動を治めるために出立することになった。
挙式の後、私室で着替えていた私のもとへ、マントの下に甲冑を着込んだイヴァンが供を連れて顔を出しに来た。
私の顎髭が嫌だと言う発言を受けて、綺麗に髭を剃った彼はさらに若々しくなっていた。何だかそれが忌々しい。
「落ち着かない挙式となったな。初夜は帰って来るまでのお預けだ」
ふざけた様子で王は言う。個人的には初夜が無くなってホッとしている自分がいるものの、終結するために王が出るほどまでに大きくなっているとは只事ではないような気がした。
「お気をつけて」
普段、王のことなど気遣うような事なんてして来なかったのに、柄にもなく言ってしまった。
「心配するな。必ず帰って来る」
「心配なんてしていませんわ」
「そこは嘘でもしていると言ってもらえると嬉しいのだがなぁ」
我々は新婚なのだからと王は頭をかく。それを見て周囲から失笑が漏れるも、王はつかつかと歩み寄ってきて「では言ってくる」と、頬にキスをした。
「良い子で待っていろよ」
まるで子供に言い聞かせるようにいつものように私の頭を撫でて供を引き連れ行ってしまった。頬の辺りがジンジンとした名残のようなものを伝えてくる。それを気に掛けるのは陛下に特別な想いを抱いているように感じられて、気にしないことにした。
それから二週間ほどは何事もなく過ぎた。イヴァン陛下からは時々様子を知らせる手紙が届き、何とか民を説得して近く帰ると知らせがあった。それに安堵していたら、侍従長のゲラルドが飛び込んで来た。
「王妃さま。大変です」
「どうしたの? ゲラルド」
私と殿下の婚約破棄の後、ゲラルドは陛下の口利きで宰相に縁のある女性を紹介され、一年前に結婚して既婚者となっていた。その妻が現在妊娠中で、仕事が終わると真っ直ぐ屋敷に帰宅する愛妻ぶりだ。
そして彼は現在、私付きの侍従長へと出世していた。
「ヨアキムさまが幽閉先を脱走致しました」
その名前は二人にとって因縁のあるものだ。報告したゲラルドも困惑していた。どうして今になって脱走を? そして彼が行くとしたら?
「この事は陛下には?」
「いま使者を送りました」
「そう、一応、アリスの送られた修道院にも使いと兵を送っておいて」
「まさか殿下が彼女のもとへ向かうと? それに兵ですか?」
「ええ。ヨアキムが脱走するなら一人では無理よ。誰か協力者がいるはず。そうなると向かう先は限られているわ。彼はアリスに会いにいこうとするはず」
「でももう二年が経っているのですよ? わざわざ彼女に会いに行くなんて」
「私達にとってはあっという間の二年間だとしても、世の中から隔離されて生きている者たちにとってはあの日から時間が止まっているようなものなのよ。そんな中、ヨアキムが今一番会いたいと思う人は誰だと思う?」
「さすがは王妃さまです。見てきたように言うのですね」
ゲラルドは感心していたが、前世ではそのような生活を体験済みの私だ。世間と隔離されたような生活での思考は大体想像がつく。




