108話・宰相の遣い
しばらくして山城にイヴァンに面会を求めて一人の女性が訪ねてきた。イヴァンの不在中での事で、相手の女性がしつこく陛下にお会いしたいと言っていると言われて、代わりに私が対応することにした。
謁見室へと向かうとそこにいたのはラベンダー色のドレスに身を包んだ一人の中年女性で、その顔には見覚えがあった。
「あなたはブリギット……?」
「……妃殿下。覚えて頂いたようで光栄です」
彼女は以前会った時には修道女の服装をしていたが、今は貴族の夫人のような姿をしていた。口で言うほど私に会えて良かったような素振りには思えなかった。
彼女は両手を強く握りしめて尋ねてきた。
「あの、陛下は?」
「イヴァンなら視察で不在なの。せっかく会いに来てくれたのでごめんなさい。何かご用でしたら伝えておきますわ」
彼女はどうしてもイヴァンに会いたかったようだ。本来なら不在を理由に通す必要もないのだけど、彼女が訪ねてきた理由が気になった。修道女の格好もしていないし還俗したのだろうか?
「イヴァンにどのようなご用なのかしら?」
「内密の話なのです。どうしても陛下にお願いしたく……」
「私では話にならないと言うこと?」
あからさまにあなたでは話にならないという彼女の態度に不快を覚えた。
「申し訳ありません。わたくしは義父の使いで参りました。どうしても陛下にお会いしたいのです」
「あなたのお義父さまって?」
「ベルティル宰相です」
ベルティル宰相と聞き、彼が私の殺害を考えていたと聞かされていて警戒すると、そこへイヴァンが戻ってきたようだ。彼は謁見室に入ってきた。
「レナ。来客だと聞いた」
彼は真っ直ぐ私の元へ来てから、頭を下げている彼女を見た。彼女が顔を上げると訝る様子を見せた。
「ブリギットか? なぜここに?」
「彼女は宰相の使いで来たそうよ」
「宰相の使い?」
ますますイヴァンの顔が険しくなる。
「はい、わたくしは義父、ベルティルの使いで参りました。交渉がしたいのです。妃殿下を始め、皆さまのお人払いをお願い致します」
たがが一夫人にしか過ぎないブリジットが、この場から私の退出を求める。彼女の態度に無礼なと護衛の兵から非難の声が上がったが、イヴァンは無視する事にしたようだ。
「分かった。レナータ。部屋に戻っていてくれ」
「はい。陛下」
イヴァンが彼女の要望を飲むのなら、私にそれを拒む権利はない。お供の者達を引き連れて退出する私の背に聞こえてきたのは、イヴァンの彼女に問いかける「何が目的だ?」という声だった。




