106話・イヴァンの隠し事
イヴァンは新しい都が完成したのに、すぐにそこへ移り住もうとはしなかった。その代わり信頼している部下達には邸宅を与えているようで、イサイ公爵を始め大概の者達はそこから通って来ているようなのに、私達は山城で暮らしている。
私はここに来てから何もやることがなく、女官達に誘われて山の中にピクニックに出かけたり、新しい都に邸宅をもらったイサイ公爵夫人の招きでお茶会に参加したり、都を散策して回っていた。退屈を感じるほどのんびりした生活を送っていた。
イヴァンはというと執務室でイサイ公爵を始め、臣下達を集めて会議をしている。その中に混じれないのは寂しいような気がしていると、私の元を訪れていたイサイ公爵夫人がその異変に気がついたようだ。庭を散策中に聞かれた。
「どうかなさいましたか? 妃殿下」
「ディアナ。何でもないの」
「何でもないという感じには見えませんわ。わたくしには言えないことでしょうか?」
ディアナは焦げ茶色した髪に黒い瞳の持ち主で愛想が良かった。夫のイサイ公爵に似た気さくさがあった。イサイ公爵に紹介を受けてから、何度か交流していくうちに仲良くなった。その相手に自分では相談相手になれないのかと聞かれては首を横に振るしかなかった。
「そうではないの。ただ……イヴァンが私に隠し事をしているように感じてならないの。執務室では皆を集めて何かしているように思うのに」
「陛下は妃殿下を大事に思われています。その陛下が妃殿下に隠し事などあり得ません。あり得るとしたらレナータさまを危険事からは遠ざけて起きたい気持ちゆえかも知れません」
「あなたは何か知っているの?」
「いいえ。テオドロスさまからは何も伺ってはおりません。でも、陛下とは辺境部隊に身を置いていた頃から、お互いの背中を預けてきた仲だと聞いてはおりますので、あのお二人で何かに立ち向かっているのかもしれません」
「私としてはイヴァンと共に立ち向かいたいのに、その座をイサイ公爵に奪われたように感じて歯がゆい気持ちにさせられるわ」
イヴァンは私に何も言ってくれないしと、愚痴ればディアナが謝ってきた。
「申し訳ありません。きっとそのような役割を主人が申しつけられているのでしょう。余計な事を申し上げました」
「いえ、いいの。謝らないで。あなたが悪いわけじゃない。そんなつもりで言ったんじゃないのよ。私の単なるヤキモチよ。私より臣下を可愛がっているように見えただけ……」
ディアナからの謝罪を慌てて止めていたら余計な事を言ってしまったらしい。背後から聞き馴染んだ声がした。
「そうか。レナはこれにヤキモチを焼いていたのか?」
「イヴァン」
「陛下」
イヴァンの後ろにはイサイ公爵が付いてきていた。驚く私の脇でディアナが頭を下げる。イヴァンは気まずそうに言った。
「悪かったな。レナ。おまえには全てが終わってから報告するつもりだった」
「イヴァン?」
「今度、宰相を更迭する。その後釜にはこれを据える」
「イサイ公爵が宰相に? 将軍には誰を?」
てっきり前将軍だったキルサンが職を罷免された今、イサイ公爵がその後を引き継ぐのだと思い込んでいた私は訝った。
「副将軍を昇格させる」
なるほど。それでここの所、副将軍がイヴァンの元へ顔をちょくちょく見せていたのかと思った。
「では陛下。私達はこれで」
失礼しますとイサイ公爵は一礼し、共に頭を下げた夫人を連れて行ってしまった。この場にはイヴァンと二人きりとなる。私は気になった事を聞いた。




