104話・水上の都
「レナ。分かるか?」
「……!」
屋上からはこの王領地の展望が出来た。昨夜は山道を通って跳ね橋の方から入ってきたが、それはこの城の作りから言うと裏側になる。この山城は背後が山で、前が海という地形を生かして建てられたので玄関は城の後ろ側にあった。
私は見下ろして驚いた。そこには遠くに港が望め、そこまで水路が行き交っていて水に浮かぶ都のようになっていた。
「水の都……?!」
驚く私を見てイヴァンが満足そうに微笑む。
「どうだ? 大きいだろう?」
「イヴァン。これはあなたが?」
イヴァンが考え出したのか? と、言えば頷かれた。
「広大な土地があるのに遊ばせているのは勿体なかったからな」
「でもこの地は泥地だったのにどうやって?」
私がソニアだった頃はこの地は常に黒かった。この城から見た景色は延々と続く黒い大地。それを見てもどかしく何とか出来ないものかと考えていたけど、全然何も浮かばなかった。私は国の為に少しでも肥沃な土地にする為にはどうしたらいいのかとそればかり考えていたせいだ。
でもイヴァンは、この地を農耕目的に使用するのではなく、新しく都を作る土台として活用した。その考えは到底、ソニアだった私には及ばないものだった。
黒い大地は両羽を広げる鷲の開けた都の姿へと変貌していた。鷲は王家の紋章でも使われている。青と白の四角形の幾何学模様が末広がりになってそれを覆いつくし、模様の線のように見える水路が、光を受けてキラキラと輝く。街路樹らしきものが所々に見受けられ、私が知る都の中でもっとも美しいと感じられた。そこには水上に建つ輝ける都があった。
「素晴らしいわ。イヴァン。埋め立てて都を作ったのね?」
「気に入ったか?」
「ええ。さすがね」
「あの中にコの字型をした建物があるだろう? あれが新しい宮殿となる。ここは少しの間、仮の住まいとなる」
「イヴァン。移り住むって事……?」
大地に描かれた鷲の姿をした都。そのコの字部分はくちばしの部分となる。
「ああ。今まで住んできた宮殿は国の中心地からかなりずれているし、他国から大使を招くと移動にかなりの時間を要する。しかも雪の降る季節は大雪に見舞われて、宮殿の中に閉じ込められているような状態だ。何かと不便だろう?」
「そうね」
「それが弊害でもある。雪で宮殿に閉じ込められてしまうと、外の者との連絡が絶たれてしまう」
イヴァンの言葉で私はまた一つ、前世の記憶を思い出した。ラーヴル将軍が挙兵したのは雪が降る前。政権が転じた後、宮殿の中から密かに抜け出そうとしていた私達は積雪により逆に閉じ込められる形となったのだ。
その事をイヴァンは出遅れたように感じ悔いているのだろう。当時は天候を読むのも運のうちだった。
「ここなら雪もそう積もらない」
「素敵ね。水上の都なんて。おとぎ話みたい」
「おとぎ話ではないぞ。実際に余達はここに移り住む」
私は新しい都に明るい未来を感じた。
「あなたはいつからここに都を築くなんて構想を練っていたの?」
「おまえに、姉上にプロポーズしようと思った時だ。あの時からここは建設してきた。その時はまだ形を成してなかった。取りかかったばかりだったから。姉上にはいつの日か完成した都を共に見たいと伝えようと思っていた」




