101話・イヴァンの目論見
「どうだった? ヴァン。愛妻との旅行は?」
「別に。悪くなかった」
「もっと他に言い方あるだろうに。隠すなよ」
イヴァンが執務室に入ると、イサイ公爵が中で待っていた。彼はなかなかに頭が切れる。そこを気に入って軍に身を置いていた時から自分の相棒として側に置き、慣れ親しんだ仲だが、個人的なことまで追求されるのは気恥ずかしかった。
「宿場街はどうだった? レナータさまは喜んだだろう?」
「ああ」
イヴァンは一瞬、湯煙の中、ほのかに上気させた顔で窓の夜景に見とれるレナータの姿を思い出した。その彼女に見惚れてしまったが。
彼がフランベルジュからの帰りに宿場街に立ち寄ったのは、イサイ公爵テオドロスからの情報があっての事だ。以前彼が奥方と旅行に行ってその宿場街の夜景が綺麗だったと聞いていて、何かの機会にレナータと行ってみようと決めていた。
結婚してから溺愛しているレナータを宮殿の外に連れ出すのは躊躇われてつい、囲いがちになっているが今回の旅行は「たまにはふたりでのんびりして来い」とのテオドロスからの勧めもあった。
そこにイヴァンの目論見もあったので一石二鳥とも言える。イヴァンとしては自分の留守に相手方が動き出すのを待っていた。
「テオ。敵さんは上手く動いてくれたようだな?」
「ヴァンの留守をこれ幸いと動き出したさ。俺は表向き傍観に努めたが」
傍観とは言うが、テオドロスは何もしなかったわけではない。こうしてイヴァンの目的を悟って行動してくれている。
イヴァンとしては頼れる部下であり、彼がいたから実行できた作戦とも言えた。実はイヴァンは自分がフランベルジュ国からの誘いに乗って国を空ける間に、彼らが動き出すのを待っていた。
相手は用意周到でなかなか隙を作らない。イヴァンが王位に就いた途端、粛清をして回ったので彼の逆鱗に触れないように上手く立ち回っていた。相手の政治手腕と才覚を買っていたので、このまま何もしなければ見逃す気でいたのだ。
しかし、奴らは手を出してはいけない聖域に手を伸ばした。レナータに毒を盛り、密かに暗殺しようとした。それゆえにイヴァンは排除することに決めた。
「宰相は伯父上と手を組んだようだぞ」
「ふ~ん。元公爵はお元気になられたのか? テオ、おまえに当主の座を明け渡してから気弱になって寝付いたと聞いたが?」
「俺もな、そう思っていたんだけど、案外元気だったようだ。宰相の魔法の言葉で奮起したようだからな。おまえには大体、予想がついていたのだろう?」
だから俺にこの城の管理と守りを頼んで出立して行ったぐらいだからとテオドロスが言う。
「大方、愛妾の産んだ先王の血を引いているかどうか良く分からない余よりも、先王の従兄であり父を王弟に持つ公爵が王位に就くのが望ましいと吹き込まれたんだろうよ」
「ご名答」
「宰相としては自分の手駒になる娘を王妃か側妃にして子供を産ませ、外祖父として実権を握りたかったようだからな」
「ヴァンはなんだかんだ理由をつけて頑なに結婚を拒んできたからな。誰とも結婚しないなんて言っておいてのお気に入りのレナータ嬢との婚姻だから、宰相にしてみればしてやられた気がして面白くなかったんだろうな。推していた遠縁の娘は、セルギウスの息子にくれてやったし。だからあの爺さん、トップの首をすげ替えることを目論んじゃったか」




