100話・何かが起ころうとしていた
馬車は真っ直ぐ宮殿には向かわなかった。王都が近づいてきたら早馬が駆けてきたのだ。そしてその早馬に続いて私達は王家所有の古城へと向かった。
古城は山中にあり、周囲を霧が取り巻いていた。そこは戦いに明け暮れていた王家の先祖が建てた要塞のような頑丈な石作りの城で、天高く聳え立ち、王都の方面を見下ろしていた。
その城は周囲を堀が取り巻いていた。中へ入るのには跳ね橋が降りてきて、馬車はガタゴト揺れながら中へと進む。
馬車が止まった城の玄関先には、鎧を着た兵達が整列し、私達を出迎えた。物々しい雰囲気にただ事ではない何かが起きているのを感じる。彼らの先頭にいて出迎えたのはイサイ公爵だった。
「陛下。妃殿下。お帰りなさいませ」
「イサイ公爵。待たせたな」
「無事のお戻り何よりでございます」
イサイ公爵とイヴァンは何やら目配せしあった。二人の中では通じ合うものがあるようだ。ふらつく私を抱え込んだイヴァンを見て、イサイ公爵は察するところがあったのか部屋への案内を優先した。
「妃殿下もお疲れのことでしょう。まずは湯を用意させましたので旅の疲れを落とされては如何ですか?」
「そうするとしよう。さあ、行こうかレナ」
イヴァンに抱き上げられて城の中に入ると、大理石の太い石柱が等間隔に並び高い天井を支えていた。ひんやりとした湿った空気が感じられるが嫌な気はしなかった。
この城はソニアの曾祖父が建てた狩猟用の山城。現世でも祖父と住んでいた領地から遠目にこの城を見ることが出来た。
前世では一度、父王に連れてこられた時があった。あの頃と同じく、剥製にされた鹿の首が幾つも廊下の壁に掲げられていたが、内装が明るめのものに変わっているし、床の上に敷かれた赤い絨毯も真新しく感じられる。
「この城は誰かが住んでいたの? 手入れがされていたみたいだけど?」
「これから余達が住むことになる。その為に手入れをさせていた」
「……!ヴァン。宮殿は?」
「あそこは手狭だからな。煩いのもいるし。しばらくはこちらにいる」
イヴァンはどこで政務をしようが一緒だろう? と、言った気がした。彼に一番奥の部屋まで運ばれる。この城の主の寝室だ。宮殿にある二人の寝室とそう変わりのない大きな部屋の中央を占めるベッドの上に下ろされた。後を付いてきた女官らに「これを頼む」と、言い、イヴァンは踵を返しかけた。
その彼の腕を引くと「どうした?」と、聞かれる。
「今日は移動が長かったからな。疲れただろう? 先に寝ているがいい」
「……」
色々と聞きたいことがあるのに、私の口から出そうになったのは欠伸だった。慌ててかみ殺した私を見て彼は微笑む。こういう時はこの身が華奢で、十六歳というのがもどかしい。中身は前世の分と加えて相当な年齢になるのに、体の幼さに引きずられる。今も瞼が落ちかけているのだ。
「遠慮するな。子守歌でも歌ってやるか?」
「いいわよ。子供じゃあるまいし」
そう言いながら欠伸が出るのを堪えられなかった。
「お休み。レナ」
「お休みなさい」
イヴァンの就寝前の挨拶が子守歌代わりに聞こえた。イヴァンが出ていくと、女官達に「妃殿下。お着替え致しましょう」と、甲斐甲斐しく世話を焼かれて気がつけば一人ベッドの中に収まっていた。
詳しいことは明日聞けばいいか。そう思いながら私は眠りに落ちた。




