10話・オジサンのくせに
陛下が私を側に置くとしたら、やはり何らかの形で王家の血を引いている者でなければならなかったはず。
「もしもですよ。もしも、私が先の王の血筋に繋がっていた者だとしたら陛下にとっては邪魔にしかならないですよね?」
なぜ陛下にとって危うい立場の私を生かしておくのかと聞けば、陛下は自虐的に笑った。
「簒奪者は所詮、簒奪者でしかない。この余に心の底から忠誠を誓う者などいやしないのだ。でも、おまえを側に置くことで、余に歯を剥こうとする者は従うしかない」
陛下の発言でやはり自分は王家に繋がりのある者と知れた。陛下は自分のしたことをこの国の貴族なら誰でも良く思っていないのだと言う。陛下が王位に就いた後、彼の後押しをした将軍や、その母らは数年の後、天に召されていた。
その仲間のうち今残されているのはヨアキムにとって祖父にあたるイサイ公爵のみ。でも、今回の一件で殿下を唆したとして処分を受けることになるだろう。
陛下は自分のことを張りぼての王だと思い込んででもいるようだ。
「おまえを側に置くことで反王制派の動きを封じ込めることになる」
「私は彼らの人質でもあったのですね?」
そう考えたら自分達から王位を奪ったイヴァンも幸せではなかったのだと思った。そう思うと何だか彼も可哀相に思えてきた。
だからなのだろうか? 必要以上に自分に構いたがるのは。イヴァンは自分の息子よりも私への心配りが尋常でなかった気もする。
それが贖罪の気持ちからだとすると滑稽に思える。ずっと彼はこの先も王位を奪った事への罪悪感を抱いてこの先も生き続けることになるのだ。私は生きているだけで彼の弱みとなる。
「おまえには余の側で輝き続けてもらわないとな」
「私は陛下の側から離れる選択肢はないのですか?」
「バラムの為にも人質でいてもらおうか」
言葉で言うほどイヴァン陛下がそう思ってない事は知れる。
「酷い陛下ですね。私の逃げ場を埋めにかかる」
「そう言うな。おまえは余の宝石姫なのだ」
こうして憎まれ口を叩いていると、幼い頃のイヴァンの顔がちらついた。あの頃は、まだ二人はただの姉弟でいられた。あの女が父王の後釜など狙わなければ。
陛下はふて腐れる私の頭を撫でてくる。ふと既視感に見舞われた。前世、宝石姫と私を呼ぶ者がいたのだ。
それはヨアキム殿下よりも幼くて……。人を疑うことを知らない円らな瞳。病気がちだった兄にも可愛がられていたイヴァン。
「あにうえさまも、ねえさまもキラキラしてきれいです。ぼくもいつかそうなりたい」
拙い言葉で無い物ねだりをしていたイヴァン。前世の私からみたイヴァンはもっと頼りなくて、さまよえる子犬のような目をした少年だった。
彼は兄や弟を「宝石王子」と呼び、私を「宝石姫」と呼んで羨ましがった。
彼の母は、私の見目が悪いのを知っていたので、どうして彼が私を「宝石姫」と呼ぶのか知らず、取り巻きと一緒になって私の事をブスがいい気になってと馬鹿にしていた。
あのイヴァンがこんなオジサンになってしまうとは誰が想像しただろう。
私は郷愁のような想いに駆られながらも、いつまでも人の頭を撫でている陛下の手を振り払った。
「止めて下さい。私はもう子供じゃありません」
「余の目から見ればまだまだ子供だ」
陛下は可笑しそうに笑っていた。これって笑うところ? 陛下の笑いのツボが分からない。
オジサンのくせに。しかも前世で私を殺したくせに。なんだって楽しそうに笑う?
面白くない私は聞き流すのに留めた。




