契約と決断
「千葉倫太郎くん、南春樹くん、相川ミサキさん、湯川アリスさん、広瀬公太くん、君たち5人に桜蔭サークルに入る資格を授与します」
桜木先生は、5人の顔を見渡しながら、そう告げた。
「これから、栗栖先生に桜蔭サークルの活動内容を説明してもらいます。それを聞いた上で、サークルに入るかどうかを決断してください」
遂に桜蔭サークルの秘密がわかると、公太はドキドキしていた。
「三年担任の栗栖です。では、私の方から桜蔭サークルの活動内容を説明しますが、ここで聞いた内容は極秘事項です。他の生徒や家族に漏らした場合は、即退学になりますので、気をつけてください。また、この時点で辞退したい人は退席してください」
栗栖はそう言って、生徒を見た。初めてサークルの秘密を知る公太、アリス、ミサキは息を飲んだ。他者に話すと即退学。これまで、サークル外の学生に漏れなかったわけだ。千葉と南は去年もサークルのメンバーだったので、全く動じていない。栗栖は1分程度様子を見ていたが、誰も辞退を申し出なかった。
「では、説明を続けましょう。桜蔭サークルの活動は、桜木先生の仕事を実行することです。みなさんご存知の通り、桜木先生は著名な脳科学者です。時に、桜木先生のもとには脳や精神に異常を抱えた政府要人や実業界の大物、プロスポーツ選手や芸術家などが極秘裏に相談にきます。彼らは、さまざまなツテから、桜木先生なら一般的な治療では治らない症状を治癒することができると聞いてくるのです」
公太は驚いた。桜木先生が治療行為までしているなんて、想像もしていなかったからだ。しかも、各界の大物がクライアントとしてくるなんて。
アリスは、ここまで説明を聞いた段階で、何故単なる私立高校に、政府が多額の補助金を出しているのか悟った。政府にとって重要な人物を桜木先生が治療しているからだ。
「桜木先生は、クライアントの脳波を解析し、コンピュータ上で音階に変換し、そのデータを専用の携帯機器に送信するシステムを構築しました。これが、その携帯機器で、私たちはパッセンジャーと呼んでいます」
栗栖は、足元に置いていたアタッシュケースを開き、中からスマートフォンのような機器を5つ取り出し、円卓の上に置いた。パッセンジャーはそれぞれ赤、青、緑、黄、白とカラフルに塗装されている。
「パッセンジャーはデータを音楽に変え、イヤホンを通じてメンバーに伝えます。メンバーは流れてくる音楽をもとに、クライアントの精神世界をイメージします。そのイメージがクライアントの精神世界と合致すると、メンバーはクライアントの精神世界にアクセスできます」
まさか、と公太は思った。何をSFみたいなことを大真面目に言っているんだ。しかし、説明している栗栖はもちろん、円卓を囲む桜木先生や吉澤、船橋は真剣な顔をしている。
「メンバーは、アクセスしたクライアントの精神世界の中で、問題を生じさせている原因を突き止め、それを解決することが目的です。精神世界の中の問題が解決されると、現実世界でクライアントが抱えていた症状も治癒されます。つまり、桜蔭サークルの活動は、桜木先生が開発したシステムやツールを用いて、クライアントの精神世界にアクセスし、そこでの問題を解決することです」
栗栖が説明を終えると、桜木先生が静かに口を開いた。
「さて、大体のところは分かってもらえたかな。君たちの決断を聞く前に、最後に私の方からも話しておこう」
桜木先生が話すと、自然とその場がすっと落ち着く。
「サークルの活動には、もちろんリスクがある。クライアントの精神世界の中はどうなっているかわかないし、そこであった傷は君たちの心の傷となる。過去には、不幸なことに心神喪失状態となった生徒もいました」
その時、公太は吉澤が一瞬顔をしかめたことを見逃さなかった。
「そうした危険を伴うことを承知で、桜蔭サークルに入りたい人は契約書にサインしてください」
桜木先生がそう言うと、船橋が5人の生徒に契約書を配った。千葉と南は、迷うことなくペンを走らせ、署名した。ミサキは一瞬、躊躇した後、署名した。そして、公太とアリスも署名した。ここまで聞いておいて、活動に参加せずに引き下がれない。
「全員、加入ですか。では、今この時を持って、第40期桜蔭サークルを発足します!」
桜木先生が高らかに宣言した。