ひとひらの花びら
4月13日の放課後、学園長室の円卓には学園長の桜木先生、3人の学年担任、5人の生徒が着いていた。
桜木先生は円卓を見渡すと、「それにしても、今年は人材豊富だね」と、笑顔を浮かべた。
桜木先生の言葉で、3年担任の栗栖明は、昨夜遅くまで続いた会議を思い出した。
4月12日、それぞれの学年担任は、午後8時までにIQテストの採点結果を持って、第一会議室に集まることになっていた。
午後7時50分、最初に会議室に現れたのは3年担任の栗栖だった。栗栖は内心、鼻高々だった。彼が担任してきた学年が最高学年となり、今回のIQテストで993点の千葉倫太郎を筆頭に950点越えを7人も出したのだ。
例年、950点を超えるとほぼ間違いなく上位5位に入るので、うまくいけば、桜蔭サークルのメンバーを3年生が独占することも考えられた。しかし、栗栖は2年生の南春樹と相川ミサキを警戒していた。昨年、南は1年生ながら5位に入ったし、相川は7位だったが、その悔しさから今回のテストに向けて努力を重ねてきたと聞いている。
栗栖は、千葉の1位は動かないだろうから、南と相川が5位以内に入っても、残り2席を3年生がとれば、面目躍如だろうと思っていた。
午後7時55分、2年生担任の船橋貴子が会議室室に入った。
「おつかれさまです。栗栖先生、早いですね」と、挨拶をしながら船橋は席に着いた。
船橋は栗栖の顔を見て、3年生は相当良かったなと踏んだ。それでも、2年生は南が980点越え、相川が978点と好成績を残しており、三原も969点だったので、首席は3年の千葉倫太郎で動かないにしても、2年生から3人は入れるのではないかと読んでいた。
「船橋先生もおつかれさまです。2年生は、どうでしたか」と、尋ねる栗栖は笑顔を浮かべながらも目は笑っていない。
「ええ、みんな頑張っていましたよ。3年生はどうですか?」
「まあまあ、もうすぐ8時ですから、吉澤先生が来てから話しましょう」と、栗栖がはぐらかした。
船橋が、内心でそもそも栗栖が話を振ってきたんじゃないかと憤っていると、会議室のドアが開き、吉澤が息を切らしてやってきた。
「すみません。待たせちゃいましたか?」
「いえ、私も船橋先生も今来たところです。では、順位の確定作業を始めましょう。学年内の得点順のリストを出してください」
栗栖がそう言うと、船橋と吉澤がリストを机に出した。そして、栗栖と船橋に衝撃が走った。
「何これ、広瀬公太997点、湯川アリス999点!?」と、船橋が目を見開いた。
「吉澤先生、ふたりの答案用紙を見せてください」
栗栖はその場で公太とアリスの答案用紙に確認を始めた。
「僕も何度も確認しましたが、やはりこの点数の通りでした。この1年生のふたりは、桜蔭学園の歴代最高得点995点を超えています」と、吉澤は静かに言った。
10分ほどして、栗栖は「採点に間違いはない」と呟いた。
各学年のリストを確認していた船橋は、「上位5位のうち、3人が990点越え、残り2人も981点と978点。歴代最高の桜蔭サークルよ」と、震えながら言った。栗栖も思わず身震いをしていた。このタイミングで、この5人が揃うのか。そう思いながら、桜木先生の強運に感嘆した。
栗栖は、前日の身震いを思い出しながら、円卓を囲む5名の生徒を見渡した。
3年生の千葉倫太郎、2年生の南春樹と相川ミサキ、1年生の広瀬公太と湯川アリス。全員が落ち着いて桜木先生の話を聞いている。
その時、窓から春風に乗った桜の花びらが学園長室に入ってきた。
栗栖はその花びらをみて、新しい時代が始まるのだと感じた。