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IQテスト

 世間では、まことしやかに囁かれている都市伝説がいくつもある。

 そうした都市伝説は、街中の雑踏や放課後の教室など至る所で広まり、そして、話に尾鰭がついて大きくなっていくものだ。

「ねぇねぇ、政府直轄のエリート養成高校の話って聞いたことある?」

「あ〜!それ、ネットでみた!全寮制で、1学年20名までなんだってね」

「40年前から始まった全国中学生IQテストも、その高校の候補者を見つけるためのテストらしいよ」

「なんか、成績上位者に赤い招待状が届くってやつでしょ!ほんとかな〜?」

「それそれ!でもさ、その学校って、本当は学生にある仕事をやらせるために作ったんだって!」

「え〜!?その話は初耳なんだけど」

「その仕事って言うのは〜…」

 ごくまれに、大きくなった都市伝説は、現実の姿と重なることがある。


 N県中部の人里離れた山の中、レンガ造りの塀に囲まれた私立高校の桜蔭学園があった。春うらら。満開の桜に囲まれた体育館で、入学式が執り行われている。

 体育館の中には、真新しい制服に身を包んだ新入生20名が背筋を伸ばして席についている。広瀬公太は新入生のひとりで、パイプ椅子に浅く腰かけステージ上を見つめている。体育館のステージ上には、国旗と桜蔭学園の校旗が立てかけられている。

「続きまして、学園長の桜木先生からの新入生へのメッセージです」

 司会の女性がそういうと、新入生の間にピリッとした緊張感が流れた。

 公太は、入学案内に書かれていた学園長の情報を思い出す。桜木道晴。40年前に桜蔭学園を設立した創業者にして、世界的に有名な脳科学者でもあるが、表舞台に一切出てこないため、写真や映像が残っていない人物。

 新入生が固唾を飲んで見つめる中、長身で白髪の男性がステージ上に上がった。

「みなさん、まずは入学おめでとうございます。みなさんは全国の中学生の中から選ばれた20名です。そのことを誇りに思ってください」

 桜木先生は、低く落ち着いた声で話し始めた。

「みなさんには、なによりも想像力を大事にしてもらいたいと思います。現在、日本は想像力を失っています。想像力のない人間は、他人の痛みや苦しみを理解できません。想像力とは、社会の活力です。みなさんは、この桜蔭学園で想像力を養い、そして、将来、日本社会を背負って立つ人間になってください」

 新入生20名は思わず聞き入っていた。

「さっそくですが、1週間後には毎年1回行なっている全校生徒共通のIQテストを受けてもらいます。みなさんの健闘を期待しています」

 いきなりのテスト予告に公太は面食らった。学園長自ら予告するってことは相当重要なテストなのか。


「なぁ、来週のテストってさ、桜蔭サークルのメンバーを選抜するためにやるらしいぜ」

 入学式後、体育館から教室まで歩いている途中で、花巻李一が公太に話しかけた。李一は髪の毛を茶色に染め、ふわふわのパーマを当てている。

「桜蔭サークル?」

「昨日、先輩に聞いたんだけど、桜木先生の研究を手伝うサークルなんだって。具体的に何をやってるかは、サークルのメンバーしか知らないけど、守秘義務があるみたいで、メンバー以外の学生には話しちゃいけないんだってさ」

 中庭の桜は満開になっている。桜の花びらが風に舞って、李一の髪に乗った。

「気になるなー。サークルって何人ぐらい入れるの?」

「学年関係なく、上位5人らしい。たぶん、公太は間違いなく入るよ。去年の数オリで優勝できたの、公太のおかげだもん」

 公太は、中学生数学オリンピックを思いだした。李一とは、そのとき初めて出会ったが、意気投合して親友になった。大会決勝では、公太が仮説を導き出し、李一が実証した。あの時の仲間と桜蔭学園で再会できるとは思っていなかった。

「数オリは李一が実証してくれたおかげでしょ。でも、李一がいてくれて良かった。桜蔭に来るとき、友達がひとりもいないことが不安だったんだ。これから3年間、よろしくな」

 公太がそう言って、右手を差し出すと、李一はがっしりと掴んだ。


 午後、1年生の教室でオリエンテーションが始まった。教壇には、淡いブルーのスーツを着た男性教師が立っている。

「みなさん、はじめまして。これから3年間、みなさんの担任をする吉澤大和です。実は、僕も10年前にこの高校を卒業したみなさんの先輩でもあるから、学校生活や寮生活で不安なことがあったら、なんでも聞いてください」

 はきはきとした喋り口に、さわやかな笑顔が印象的だ。窓際の席に座っていた公太は、朝ドラに出てくるイケメン俳優みたいな先生だなと思っていたら、隣の席の女子生徒が小さな声で話しかけてきた。

「なんか、吉澤先生って朝ドラに出てきそうだね」

 公太が、隣に目を向けると、その子は、全体的に色素が薄く、肌は白くて瞳と髪の毛は茶色がかっていた。

「僕もそう思ってた。若手のイケメン俳優みたいだよね」

「だよね。私、湯川アリス。よろしくね」

 アリスが公太に微笑んだ。

「僕は広瀬公太。よろしく」

 公太は微笑み返しながら、とてもかわいいけど、どこか儚い子だなと、思った。教壇では吉澤が話を続けている。

「先ほど、桜木先生も話されていましたが、来週、全校生徒共通のIQテストがあります。このテスト結果の順位は張り出されます。また、上位5人は学年関係なく、桜蔭サークル、つまり桜蔭学園の生徒会みたいなものですが、そのメンバーに選ばれます」

 吉澤の説明に、クラスがざわついた。李一の話は本当だったんだと、公太は思った。


 そして、1週間後、4月12日に全校共通IQテストが行われた。驚くべきはその量だった。午前中3時間、午後4時間の合計7時間もかけてテストは行われた。

 午後5時、チャイムの音ともに、吉澤が問題用紙と答案用紙を集めた。枚数を確認すると、例のさわやかな笑顔を生徒に向けた。

「みんな、おつかれさまでした!テストの結果は明日の朝イチには、校舎のエントランスホールに張り出されるから、楽しみにしていてください。では、今日はゆっくり休んでください」

 1年生の教室からぞろぞろと、みんな寮へと帰っていく。公太は自分の席に残って、頬杖をついて窓の外を眺めていた。すると、李一が近づいてきて、どうだったと聞いてきた。

「うん。一応最後まで解けた…」

「さすが、公太!おれは、995番まで解けたけど、5問残しちまった」

「…今回のIQテスト、なんかおかしくないか?」

 公太は口元を手で覆い、考え込んでいる。

「えっ、何が?」

 李一は、テスト内容を思い返したが、特段不審な点は思い浮かばなかった。

「本当に、IQを測るための問題だったのかってことでしょ?」

 アリスが隣の席から会話に加わってきた。

「そう!湯川さんもそう思った?」

「アリスでいいって。正確にいうと、通常のIQを測るための問題と、IQとは違う何かを測るための問題が混ざっていたんじゃないかってことでしょ」

「ちょっと待って、どういうこと?」

 李一がふたりに尋ねた。

「今日のテストは、1000問中たぶん300問くらいがIQ以外の何かを測定するための問題だったと思うんだ。それで、去年の全国中学生IQテストを思い出しいたんだけど、あのときもいくつか同じような問題が混ざっていたんだ」

「何かって、なんだよ」

 李一は自分の頭をわしゃわしゃと触っている。難問を考える時の癖だ、と公太は思った。

 公太もアリスもその何かを探して、考えを巡らせていた。すると、アリスが「あっ!」と声を上げて、人差し指を立てた。

「もしかしたら、答えは、入学式の日に出ていたんじゃない」

 公太は目を見開いて両手を叩いた。

「…想像力か!」

「そう!IQテストって、Intelligence Quotientじゃなくて Imagination Quotientの頭文字だったんじゃない」

「知能指数じゃなくて、想像力指数を測られてたってこと?考えすぎじゃないかな」

 李一はそう言ったが、公太とアリスは確信しているようだった。

 1年の教室の外には吉澤が立っており、「正解」と呟いた。

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