究極の洗濯機比較研究
正義の味方、洗濯機マ~ン!
在京某テレビ局に勤務するアナウンサー中村玲子は、スタジオの中を思わず見まわした。
僅かな違和感を感じたからだ。
今日予定されている主な仕事は一つだけ。
ある番組の収録で、進行役を務めるのだ。
内容は良くある類のもので、もはや中堅ともいえる勤務実績のある玲子にとって、プレッシャーすら感じない程度の仕事だ。
毎回、ライバル関係にある家電製造会社の同格商品を並べ、性能や売りなどを比べるのである。
ただ、今日の台本にはおかしなところがあった。
番組の最後の「究極の比較研究コーナー」の部分だけ、妙にに曖昧な指示しか書いていなかったからだ。
ディレクターにその件を聞いてみても、
「いいのいいの。玲子さんは好きに進めていいから」
というだけだった。
どこか釈然としないまま、本番が開始された。
スタジオには三十人ほどの主婦が公募で招かれ、時折驚嘆や賛嘆の声を上げている。彼女らは、いわば常連だ。慣れたものだ。
休憩をはさみ、番組は順調に収録が進められた。
玲子も全く苦労を感じない。
家電芸人や評論家の人たちとのやりとりも、ほぼ台本通りなのである。
バラエティ番組の様に急に話を振られてアドリブを入れざるをえなかったり、弄られたりと言う事も無い。
だが最後の「究極の比較研究コーナー」の収録になり、玲子はあの台本の件もあって身構えざるを得なかった。
今日のそのコーナーでは、洗濯機が俎上に上がる。
家電芸人が口火を切った。
「最近の洗濯機はとても進んでいますよねえ。このA社の商品は、全自動での洗濯はもちろん、ポケットに何か入ったままだと感知して知らせてくれるとか」
誰かに似ている評論家が頷いた。
「そうなんです。そしてこちらのB社の製品などは、センサーがついています。ネットに接続することによって、洗濯する物の材質や汚れの程度によって、どう洗濯するかを自動調整できるようになるのです」
「色々な材質の洗濯物を入れてもですか?」
「そうなんです。ネットを通じて働く、強化されたAiとコンピューターによって実現した技術です」
「おおー
という主婦たちの声だ。
それも台本通りではある。
玲子も内心頷いた。
色々な素材の洗濯物を入れてもOKなんて、それは確かに楽かもね、と。
「それではC社の製品はいかがでしょう」
芸人が待ってましたと、
「それがですね、世界初、これは歩くのですよ」
と言った。
玲子は耳を疑った。
これは台本にはない。
というか、この男は何を言っているのだろう。
「では、リモコンをこうしてですね……」
すると、白い洗濯機の下からにゅっと機械の足が現れ、本体が持ち上がった。
主婦の声が上がる。
「おおー」
「凄いでしょ?それで歩くんですよ」
彼がリモコンを弄ると、洗濯機はゆっくりと歩き出した。
顔に張り付いたままの笑顔の下で、玲子は混乱し始めた。
主婦たちは口々に「凄い」「ほしいわぁ」などと言っている。
歩く?何のために?誰得?
芸人がリモコンを弄ると、C社の洗濯機は歩みを止め、足を仕舞った。
家電評論家も負けていなかった。
「いやいや芸人さん、D社はもっとすごいですよ。なんと、調理もできるんです!」
「ええー!」
とスタジオに驚きの声が上がる。
評論家は、用意されていた果物や野菜などを手に取り洗濯機の脇に立った。
「見てください。今から実演させていただきますね。……まずはスライサーです。まずはスライサーを使用するときに必要な専用ボウルを入れましてですね……ではまず玉ねぎから行きましょう」
と、皮をむいた玉ねぎをいくつか、ごろごろっと洗濯槽にいれた。
蓋をしてスイッチを入れると、ぶううんと音がして、やがて電子音が鳴って止まった。
評論家は満面の笑みで蓋を開け、ボウルを持ち上げた。
「ほらご覧ください。玉ねぎ全て『きれぇーい』にスライスされています!」
と、スライスされた玉ねぎをつまんで見せた。
凄い、確かにすごいが、馬鹿だ。
玲子は余りのバカバカしさに唖然としたが、台本ではここで商品をほめなければいけない事になっていた。
「す、素晴らしいですね、もしかして、そこにキャベツと果物があると言う事は……」
評論家がドヤ顔で玲子の言葉を遮った。
「中村アナ、鋭い!そう、なんとキャベツの千切りや果物のスムージーまでできるんです」
スタジオが本日最大の盛り上がりを見せた。
玲子から見えているADですら、驚きで首を振っている有様だ。
何言っているんだろうこの人達。
凄いのかしら?何が?どこが?
玲子は真っ白になりかけている頭で、台本の内容を思い出そうとした。
確か、この後「究極の比較研究コーナー」が有った筈。
それぞれの家電に通じた「その道のプロ」に、今回出品比較された商品を独特な観点で比較してもらうのだ。
「それでは、本日の『究極の比較研究コーナー』です。本日は、洗濯機にとてもお詳しい方の登場です。VTRとなります。どうぞご覧ください!」
実は、台本には出演するのが誰だか記されていなかったのだ。何時もはそんな事はないのに。
玲子はかたずをのんでモニターを見つめた。
収録場所は、どうやら野外らしい。
筋肉質の男が、どこかのアメコミのヒーローの様な衣装を着けて現れた。
玲子は思わず眉をひそめた。
ヒーローにしてはかなり残念なデザインだわ。
「やあ、僕は洗濯機マン。今日は洗濯機の比較検討がテーマと聞いて僕はとてもうれしい! 」
カメラの映像が引いた。
そこには、今日紹介された四台の洗濯機が並んでいる。
しかし、そこはどこかの空き地である。
奥の方に、旧いぼろぼろの自動車が置いてある。
玲子はモニターを見ながら思った。
なんで空き地なのかしら。
洗濯機マンが満足そうに洗濯機を撫でながらその間を歩いた。
「いいねえ、四台ともいい味を出している。性能も洗浄力も、どれも甲乙つけがたいなあ。デザインも、独特な付加価値も、素敵だよね」
「じゃあ、僕がこれから最後の比較研究をするね」
と、洗濯機マンは軽々と一番端にあったA社の洗濯機を持ち上げ、何かを確かめる様に振った。すさまじい腕力である。
そしておもむろに画面の奥の方にある車に向かって洗濯機を投げつけた。
ぶんっ!!
洗濯機は車に見事命中し、爆発した。
玲子がモニターを見ながら思わず突っ込んだ。
「投げるのかよっ」
その声は、スタンディングオベーションで熱狂する主婦たちの声によりかき消された。
洗濯機マンは次々に洗濯機を投げ、爆発させた。
この映像はVTRであるので、いくつも設置したカメラからの映像が、編集により迫力ある映像として映し出された。
まるで特撮のようだった。
そして洗濯機マンは最後にこういった。
「うーん、やはりどれも甲乙つけがたいね。スピンのかかりぐあいはB社が良かったし、爆発力はD社だ。しかし僕が今回押すのはC社だね。何故って?それは歩くからさ。出動するときに持って歩かなくていいのは助かるからね!」
VTRが終わった。
玲子は燃え尽きかけていたが、なんとか番組を終わらせることに成功した。
ADが笑顔で言った。
「はーい、お疲れさまでした!」
彼女が退職届を出したのは、それから一週間後の事だった。
おしまい。