ゴミ箱、鏡、ラジオ(800字)
ラジオから軽快な音が、常套句を叫ぶ女の声と共に流れていた。
過去形なのは、今現在、最近の政治家について熱く語り合っているおっさんたちの声が流れているからである。
ああ消したい。ラジオを今すぐ消したいんだ。
だが、それは俺には到底無理な話であった。
なぜなら、俺は今ゴミ箱にお尻がすっぽりとはまっているからだ。足は宙に浮いている。動かしたら転ぶことぐらいはわかっている。
しかし、足を滑らせてひっくり返ると思ったが、ゴミ箱があってよかった。頭を打たなかった。って言ってる場合かーい。
なにこれ、俺の尻すごい。はまっちゃってんよ、しっかりと。ベビーカーの上の赤ん坊みたーい。
恥ずかしいけど友人でも召喚しよう。どこに、スマートフォンあるんだ。助けを呼びたい。早急に。
おっ、あった。スマートフォンあったよ、俺の尻ポケットに。ああ、尻から音楽流れている。マナーモードにしておけばよかった。ゴミ箱に反響して、尻の下からライブ会場のようなくぐもった音楽が聞こえるよ。
手に何か当たらないか振り回してみよう。
おっ。なにか当たった。袖に、なにか引っかか……あっ、テーブルだこれだめなやつだ。珈琲の入ったマグカップだ。死ぬ。マグカップが頭に直撃のやつだよ、知ってるよ。転んだ方がましだ。
嘘、転んだ方がましとか嘘です。痛い、めちゃ痛い。それでも外れない俺のお尻。ジャストサイズ。
いっそのこと転がって移動してやろうか。おら。
あ、意外と行けるな、これ。固定電話のところまで行こう。
痛い。何度頭をぶつけたか。
それでも良い。固定電話の前に俺はいる。勝った。助けを呼べるぞ。にやける。
ん?眩しい。なに置いてあったっけ。顔あげるの苦しいぞ、この体勢。よっこいしょ……あ。
鏡。
鏡に映るゴミ箱。
を尻にくっつけている俺。
横たわっている俺。
にやけている俺。
鏡に映るゴミ箱を尻にくっつけて横たわり、にやけている俺。
きもい。なにこれ死にたい。