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私は兄で出来ている  作者: 渡里あずま


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第五話

「咲姫ちゃんは、遼さんが好きだよね」


 高志の言葉に、咲姫はこくんと頷いた。言葉で返さなかったのは『好き』という言葉だけではとても足りなかったからだ。

 好き、大好き、愛してる――これでもまだ足りないのだから、言葉とは本当に不便だ。いや、逆に目に見えないからこそ言葉という形にするのが難しいのかもしれない。

 そんな咲姫の気持ちは、十歳年上の遼に初めて会った瞬間に芽生えた。そして可愛がられ、特別だと示される度にどんどん大きくなっていった。


「でも、それは私が『妹』だから」


 血が繋がっていないことは勿論、咲姫も遼も解っている。

 ……けれど父と死別した咲姫よりも、母の浮気により親が離婚している遼の方が、家族という絆に執着した。

 一度、失ったもの。そして再婚した両親によって手に入れ、その死によって再び失ったもの。

 それ故、遼は残された咲姫を男手一つで育てることでこれ以上、家族を失うまいとした。


「お兄ちゃんは私に家族で、妹でいてほしいの」


 それで、満足出来れば良かったのかもしれない。だが、咲姫の恋心と遼が求める家族愛は相容れないもので――気づいた瞬間、咲姫は決意したのだ。


「情けないけど、私からはお兄ちゃんからは離れられない……だから高校卒業と同時に、お兄ちゃんに決めて貰ったひとと結婚して、物理的に離れるって決めたの」


 そうすれば、咲姫は遼の『家族』であり『妹』でいられる。それこそ咲姫が片づけば、遼もいずれは恋人を、そして新しい『家族』を作るだろう。

 ……想像しただけで、泣きたくなるくらい辛いけれど。

 恋人になれないのならせめて、高志の言った「自分を抉り取るような真似」をしてでも遼の妹でいたいのだ。


「俺じゃ、駄目?」

「高志君……」

「俺を励ましてくれた咲姫ちゃんを、今度は俺が守りたいって思ってた」


 咲姫を真っ直に見つめて、真剣な表情で高志が言う――そんな高志を見返し、咲姫が口を開こうとしたその瞬間。


「駄目だっ」


 玄関のドアが開く音がし、乱暴な足音が近づいてきたかと思うと、リビングに遼が現れる。

 そして、咲姫を抱き寄せることで高志と引き離しながら遼は叫ぶように言った。


「駄目……じゃなくて、嫌だ! 咲姫を守るのも、一緒にいるのも俺だっ」

「……お兄ちゃん」

「何だよ……妹の幸せを、お兄ちゃんが邪魔する訳?」


 突然の遼の乱入に腕の中で固まる咲姫とは違い、高志は遼に茶化すよう言って笑う。

 昨日も車でスマートフォンをいじっていたので、帰り道で同様にしていても気にしなかったが――もしかして高志は、遼に帰ってくるようにメールでも送っていたのだろうか?

 そんなことを考えていた咲姫の前で一瞬、グッと遼が言葉に詰まる。

 しかし、すぐに咲姫を抱きしめる腕に力を込めて、高志へと反論した。


「名前なんて、どうでもいい! お前にも、誰にも咲姫は渡さない!」


 ずっと聞きたいと思っていた、けれど絶対に聞けないと思っていた言葉に咲姫の頬が熱くなる。


(だけど、これだけは聞かなくちゃ)


 そう思い、覗き込むように遼を見上げて咲姫は言った。


「私も、お兄ちゃんと一緒にいたい……妹だと、駄目だと思ってたけど。離れなくても、いいのかな?」

「……ああ。妹じゃなくても、別の形で家族になれば一緒にいられる」


 そんな咲姫に、遼はきつく抱きしめながらそう言って、高志はやれやれと言うように肩を竦めた。

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