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私は兄で出来ている  作者: 渡里あずま


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第一話

 兄が、買ってくれる服。

 兄が、作ってくれる食事。

 そして、兄が手入れしてくれるからこそ、伸ばしている髪。


 勿論、私って言う『個』は消えることはないんだろうけど、その『個』の大部分は『兄』で出来ていると思う。

 とは言え、これも高三になるまで――それが、彼女の中での決定事項だった。

『兄』が就職を決めたのと同じ年に、別れを切り出すことがである。



 少し癖のある、長い黒髪もだが、彼女――長田咲姫ながたさきが有名なのは、一年からずっと学年首席をキープしているからだ。

 とは言え無口なのと、家庭の事情で委員会や部活をやっていないので『名前は知っている』という認知度だった。

 ……だが、しかし。そんな、優等生だと思われていた彼女がである。

 三年になっての進路希望で、第一希望から第三希望まで『結婚』と書いたことで、教師達は動揺し保護者呼び出しとなった。


「兄には、許可は取っています」

「そういう問題じゃないのよ。いえ、許可が出ているとしたら尚更、家族の方とお話を……あら?」


 放課後、進路指導室で担任と共に『保護者』を待っていると。

 校庭で悲鳴のような歓声が上がり、それが複数となって教室まで届いたのに担任が訝しげな声を上げる。


「えっ……何、どうしたの?」


 その騒ぎが外からだけではなく、校内でも起こり。更に、進路指導室に近づいてきたのに咲姫はしばし考えた。

(教えた方が、いいのかな……でも、もうすぐ『本物』に会えるし。うん、いいよね)

 咲姫が無口と言われるのは、この面倒臭がりな性格のせいでもある。

 それ故、黙って騒ぎの『元凶』を待っていると、しばらくして「失礼します」と声がかかり、進路指導室のドアが開いた。


「初めまして。長田咲姫の兄の遼と言います、今日は、よろし……」

長田遼おさだりょう!?」

「……はい、よろしくお願いします」


 短い黒髪と、アーモンド型の瞳。

 今日のようなスーツ姿だと、少し前まで出演していた刑事ドラマを思い出す。

 長田遼、二十八歳。

 いきなり芸名(苗字の読みを変えただけだが)を呼ばれても、爽やかな笑顔で応えるなんて。


(流石、若手実力派イケメン俳優の『おさりょ』だよ)


 世間の評価を思い出し、しみじみと咲姫は思った。



 咲姫の両親は、十年前に事故で亡くなっている。

 その為、保護者は兄の遼なのだが――咲姫は、小学校から大学までのエスカレーター校に通っていたので、外部校を受験したり問題を起こさなければ保護者が呼び出されることはなかった。

 おかげで、今まで遼と咲姫と兄妹だとはバレなかったのである。


(まあ、お兄ちゃんは運動会とか文化祭に来たがってたけど)


 元々、遼は学生時代にモデルをやっていたのだが、両親亡き後、咲姫を育てる為にオーディションを受けて俳優へと転身。

 忙しいのと、騒がれるのを咲姫が嫌がったので学校に来られなかったのだ。

 ……そう、妹だと隠そうとしていたのは咲姫だけだ。遼は、全く隠す気がない。


今野こんの先生、今回はうちの妹が突然、申し訳ありませんでした」

「い、いえ、そんなっ」


 だから先程、我に返って謝罪し名乗った担任の名前を呼び、堂々と兄妹だと名乗れることに遼はとてもご機嫌だ。まあ、そうと解るのは咲姫だけで、担任は頭を下げる遼に恐縮しているが。


「……ただ、先生のお手をわずらわせたくないという妹の言葉も一理あると思いまして」


 断っておくが、咲姫はそんな殊勝なことは言っていない。

 勉強を頑張ったのは、兄が呼び出されることがないようにと言うのが一番だが、単純に結果を出せるのが面白かったからだ。

 しかし中学の時とは違い、高校に上がった咲姫に外部受験を薦める動きがあった。咲姫としては、進路希望をきっかけに兄に結婚したいことを伝え、教師陣も黙らせるつもりだったのである。


(まあ、お兄ちゃんに止められたから、こうなったんだけど)


 内心、やれやれと思っていた咲姫の隣で、遼の言葉は続く。


「今までは、学生として勉学に勤しんできた。これからは妻として、夫となる男性を支えたい……そう言われてしまえば、兄としては反対も出来ません」


 いくら担任の同意を得る為とは言え、しれっと語る遼は流石、演技派と名高い俳優だ。実際は、婚活サイト(未成年でも、女性なら登録出来るものが幾つかある)に登録すると宣言した咲姫を止め、卒業までの学校生活を穏便に過ごす為の嘘である。

(まあ、結婚した旦那さんを支えたいのだけは本当だけど)

 同時に色んなことが出来ない、自分の不器用さは承知している。

 更に長田家では、家事は遼が率先してやっている。

 ……と言うより、目の届かないところで怪我をしたら大変だと、包丁を持つことを止められていたのだ。

 部屋の掃除や下着の洗濯くらいはやっているが、結婚するとなるとそうはいかない。だからこれからは、今まで勉強していた時間で料理教室に通うつもりだ。


「妹の決めたことなので、あとは兄の俺が最高の相手を探そうと思っています」


 そんなことを考えていた咲姫の隣で、遼が爽やかに微笑みながら話を締め括っている。

 今回一回で終わるとは思っていないが保護者から、更にイケメンからキッパリ言われてしまえば、反対するのは難しいだろう。

 そう思っていたら、不意に進路指導室のドアがガラッと開かれた。


「それなら、俺が咲姫ちゃんと結婚する!」


 明るい茶色の髪と、大きな目。その少年っぽい容姿と言動で、学園のアイドルである仙石高志せんごくたかしの突然の乱入に、場の空気は一気に凍った。

 ……まあ、凍らせたのは笑顔のまま、怒りのブリザードを発した遼だったのだが。

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