不幸の少女、桜!
総本山に迫る蚩尤鬼を撃退したかつての戦士の夜叉彦。
しかし、彼は自らの夜叉忍軍を退かせた後に新たな魔物が総本山に迫っていた。
そこに現れたのは?
新たな外伝の始まりである。
物語は総本山襲撃よりちょうど二年前へ戻る。
そこは北海道の田舎にある中学校。そこに一人の少女が転入して来たのだ。
「は、初めまして。私、今日、転入して来ました…竜宮寺 桜です」
彼女の名字、竜宮寺の名を聞いた直後、クラスがざわめき立ったのだ。
竜宮寺…
この小さな村で竜宮寺とは特別な意味を持っていた。
その名字の彼女に、生徒の一人が質問する。
「あの竜宮寺家の関係者なのですか?」
「えっ?あ、はい」
彼女は平然と答えると、生徒達はやはりと静まりかえったのだ。
竜宮寺家とは?
この小さな村全てを仕切る地主、財閥、神主と、様々な顔を持ち、この竜宮寺家には警察や国家権力者すら手が出せないと言う。こんな小さな村の地主に何故そのような力があるのかは謎だが、それは間違いない事実なのだから生徒達も畏怖と敬意を持って彼女に対して一線を引いてしまったのだ。
「わ、私…」
彼女はクラスに入ったが誰一人声をかけてくれる生徒はいなかった。
「私、何かしたのかしら…」
理由も解らずに彼女は授業を終えると、真っ直ぐに帰宅した。
小さな村には不釣り合いな土地に立派な神社があり、そこには竜神様が奉られていた。その先に屋敷があって、彼女は帰宅する。
「初日から、私…また失敗したの?」
彼女はもともと東京の学校に通っていたのだが両親が離婚し、一緒に暮らすはずの母親が病になり去年他界した。父親側には既に別の家族が出来ていたため、行き場を無くした彼女は母親側の祖母であった龍宮寺に引き取られたのだ。
「私、やっていけるのかしら…」
元々、引っ込み思案の彼女は目立たない存在で、前の学校でも友達はいなかった。そんな彼女が唯一目立つ話があった。彼女は美術部に入って絵を描き、それが顧問の目に入った事でコンクールに出したら見事に金賞を取ったのだ。
彼女が描いたのは…
『黄龍』
天に昇る黄龍の絵、それは審査員の目を釘付けにし、更に幾つかの名高い寺から譲って欲しいと話が大きくなってニュースにもなったくらいだ。その絵は父親が競売に出して多額の金銭を手に入れて裕福となり、勘違いした父親が浮気をして家族崩壊のキッカケとなったのだ。
それ以来、好きだった絵を描いた事はなかった。
彼女もまたニュースに顔が出てしまったため、話題が憶測を呼び、天才美少女画家!多額の金銭が舞い込み家庭崩壊秒読み!と記事に載った事に母親は心身共に耐えられずに、ストレスから病に犯された。
やがて何も知らない世間からのバッシングを受けた彼女は、自分の事を誰も知らない田舎にある母親の祖母のもとへと養子に送られたのだ。
「私は何処に行っても不幸を呼ぶなら、もう誰とも関わらなくて良いわ…」
もっと自分を知って貰いたい。もっと自分を見て貰いたい。そう願って無意識に描いた絵は、本当に彼女を一躍有名にした。
結局、不幸を呼んだ願いはもうトラウマでしかない。願うは、もう誰とも関わりたくない。一人で大丈夫。それでも新しい学校の、自分を誰も知らない田舎の学校でなら少しは?と、僅かながらの期待もあったが、結局駄目だっただけの事に過ぎない。
「それにしてもお母さんの家系って?」
此処に来て、祖母の家が竜宮寺と呼ばれる名家であると知って戸惑いがあった。別に贅沢な生活を送るわけでもなく、どちらかと言えば質素であった。
祖母の姿はまだ見た事はなく、この竜宮寺のお手伝いさんや、神主さんと生活を送る。彼女もまた初体験の巫女の仕事を覚えさせられて、それなりに忙しい毎日を送った。
「はぁ…」
彼女は朝早くに境内の掃き掃除を終える。
「それにしても広いわ…一人で掃き掃除するのに一時間近くかかるなんて…」
それでも養って貰っている以上、文句は言えない。
それに、こういった仕事は嫌いでもなかった。
掃き掃除を終えると水を撒いて、急いで身を清めるために朝風呂を借りる。
「温泉があるなんて贅沢だと思っていたけど、本当に疲れが取れるのね?」
桜は制服に着替えると学校に間に合うように屋敷を出た。
「あの娘か?」
「そのようだな」
走って行く彼女を屋敷の屋根上から見ている者達がいる事に、桜はまだ知る事はなかった。
桜が学校へ向かうにはバスで25分乗り、そこから歩いて15分。そこそこ距離があるのは田舎だからかもしれないが、桜はバスの中でウトウトしてしまい眠りついてしまった。
「ハッ!」
バスが止まる振動で桜は目覚め、気付くと同時に自分がバスで何処まで来てしまったのかと慌てて外を覗いて見た。
「あれ?」
不思議とそこは森の中だった。しかもバスは止まった状態で運転手もいなかったのだ。
「ここ、何処?」
恐る恐る桜は電車を降りる事にした。バスが来たと思われる道はひたすら一本道が続き、逆方向も先が見えなかったのだ。困り果て携帯をかけてみたが、電波も繋がらなく桜は歩いて出口まで向かう事にした。
「どうなってるのかしら?」
この体験が何か奇妙だと気付いてはいた。バスの中で助けを待つ事も考えたけれど、無意識に足が出口へと向かっていた。
「どれくらい歩いたのかしら?」
歩いてもう一時間くらい経っていたと思う。実際、腕時計も携帯の時計も何故か狂っていて正確な時間が解らなかった。
「はぁ…はぁ…」
桜は思っていた。こんな状況下で、もう学校には間に合いそうにないなと?
「遅刻しちゃった…」
その時、桜は気付いた。前方に何かが落ちている事に?それを見た時、桜は漸く自分自身に起きている状況を理解した。落ちていたのは、いつの間にか歩いている途中で落としたと思われる自分のハンカチだった。
「私、同じ道をぐるぐる回っていたんだわ…」
桜は空を見上げると、そびえ立つ木がカサカサと音を立てて自分を笑っているように聞こえた。
「どうしよう…」
ここで桜の感性に違和感を感じるだろう。この状況が他人事のようなのだ。焦る所か、納得するように感じていた。その理由は自分自身が『不幸』なのだという自覚からだった。しかも、その先に生き倒れが待っていたとしても、それを受け入れ諦めるような感性だった。
そこで村に来て生徒達が噂話をしていた事を思い出す。この村の神隠し伝説について。神隠し伝説は数々あるが、この村では決まって竜宮寺家の者が神隠しに合うと言う。だからこそ、生徒達は巻き込まれる事を恐れて桜に近付く事が出来なかった。
「これが神隠しなのかしら?でも本当に竜宮寺家の私に起きたのね?本当に…」
もしかしたら自分は神隠しに合うために、この村に呼び寄せられたのかと思えるくらいだった。
気付くと桜は疲れはて倒れていた。そこで昔、母親が自分に話していた事を夢で見ていた。
「私は昔お姫様だったのよ?だけど止めちゃったの…」
「どうして?ママがお姫様だったら凄いよ?」
「全然、凄くなんてないの。よく覚えておいて?もし桜がお姫様になるかって誰かに聞かれたら、絶対に拒否してちょうだい?」
「どうして?私はお姫様になりたいわ」
「駄目よ?お姫様になったら…」
「なったら?」
そこで桜は目覚めて、ゆっくりと起き上がる。
「夢?お姫様になったらどうなるのかしら?」
気付くと周りは真っ暗で、もう何も見えない闇の中に桜は取り残されていた。
「目覚めたら、夢から覚めるように全部消えてれば良いのに…」
そして大木にこしかけると桜は、真夜中に移動するよりも朝が来るのを待つ方が良いと考え、そのまま眠る事にした。
夢の中?
夢の中で桜は誰か見知らぬ声を聞く?
『下等種が群れて私に何ようだ?消されたくなければ去れ?さもなくば…』
瞬間、桜は飛び上がるように目覚める?
「えっ?何?何が起きたの?」
目覚めると空は明るく霧は全て消えて、しかも驚く事に桜が眠っていた場所を中心に地面が抉られていた。
「!!」
桜は突然、恐くなってその場から闇雲に走って行く。
その後、桜はボロボロの格好で歩きながら一本道を歩いている所を村の大人に見付けられて保護された。
神隠し…
桜の失踪は直ぐに村中に広まった。神隠しから戻って来た少女。それは村の人間達からしたら災いを呼ぶ前兆に思えた。何故なら神隠しの後は必ず村は栄え、まるで贄を神に捧げるかのように神隠しは必ず成し遂げられる決まり事になっていたからだ。
癒えた桜は何も知らずに学校へ向かう。彼女が失踪してから三日が過ぎていた事は後で知った。
そして学校に入ってからの生徒達や教師達からの何か違和感を感じる視線。
その視線は冷たく腫れ物でも見るかのように。やがてそれは行動へと、陰口へと変わっていく。
「アイツが生きてたら俺達が巻き込まれるんじゃないか?」
「何で戻って来たのよ!」
「アイツのせいだ!」
桜はその言葉の罵声に耐えられずに、飛び出すように教室を出てしまった。
「私、生きていたら駄目だったの?でも、どうしてなの?」
屋上で泣く彼女は絶望しかなく、このまま死んでしまいたいと思ったその時!
「あっ!!」
突然、背中を強い力で突き押され、しかも掴んだ柵が脆く折れてしまい屋上から落下したのだ。
「きゃああああ!」
桜はそのまま屋上から真っ逆さまに落ちていく。
次回予告
校舎の屋上から突き落とされた不幸の少女、桜。
彼女の命運は?