救われぬ思い・・・
玉面乙女の過去を知った法子と鉄扇。
復讐を目的として生きてきた鉄扇が、その命を握る。
私は法子
私は息を詰まらせていたかのように呼吸する事すら忘れ、気づいたと同時に息を吐き出した。私はサクヤ龍王さんの能力で玉面が生きてきた過去の記憶を見せられたの。
彼女は私が想像出来る以上の絶望の世界を歩んで来て、唯一掴んだ希望すら全て失い、心が砕け、道を踏み誤った。
その末、何も得られる事なく命を落とし、その命はカミシニとして再生され甦った。
けれど、彼女の行いもまた罪。
玉面は鉄扇ちゃんの最も大切な羅刹女さんの命を奪った張本人。
私は正面に動かずに立つ鉄扇ちゃんの後ろ姿を見て、言葉を失った。
迷っていた。
私には止める事が出来ない。
鉄扇ちゃんもまた、玉面によって絶望を味わい、悲しみの道を歩んで来たのだから。
活かすも殺すも、鉄扇ちゃんが握っている。
「お願い!玉面を許してあげて!」
遮るように止めるサクヤ龍王さんを、鉄扇ちゃんは片手で払いのける。
その拳は怒りに震えていた。
たとえ玉面の過去を見せられたからといって、鉄扇ちゃんの怒りは止められなかった。
「羅刹女姉さんは私の全てだった。こんな事で止められるようなら、最初から復讐に生涯をかけたりしないわ!私は血も涙も枯れ果てた鬼にも悪魔にだってなってやるんだから!」
そのまま動かずにうつ伏せの玉面乙女の前にまで迫ると、その芭蕉扇を振り上げる。
その狙いは玉面乙女の首だった。
振り下ろせば玉面乙女の頭は落ちる。
「玉面ーーーん!」
鉄扇ちゃんが玉面の首に向けて芭蕉扇が振り下ろされた時、止めようとするサクヤ龍王さんの叫び声が響いた。
「!!」
私も止めようと手を伸ばした時、私はその手をゆっくりと下ろしたの。
だって、鉄扇ちゃんの芭蕉扇は玉面の首に達する前に止められていたから。
鉄扇ちゃんは黙って背を向けていた。
「て、鉄扇ちゃん?」
私の声に、鉄扇ちゃんは背中を震わせながら私に聞こえるように答えたの。
「どうしてよ。どうして私が、お姉さんの仇である玉面を討てないの?誰か教えてよ!」
鉄扇ちゃんは涙を流していた。
悔しさと、怒りに悲しみが混在したような複雑な心境で、あと少し振り下ろす力んでいたはずの手を止めたから。
「で、出来るわけないじゃない。こいつは、コイツは・・・」
(昔の私と同じだから・・・)
それは戦災孤児の中で、誰一人頼る者なく、幼いながら生きてきた鉄扇ちゃん。
羅刹女さんに拾われるまでは。
それまでは女である事も、子供である事も関係なく、生きる事だけが全てだった。
そして目の前で覚悟する玉面は、救われなかった鉄扇ちゃんと同じ境遇だから。
鉄扇ちゃんは玉面を殺さなかった。
すると飛び出すようにサクヤ龍王さんが玉面乙女を抱きしめて、泣きじゃくる。
「ごめんなさい。ごめんなさい。私が!私が玉面を一人にさせてしまったから!私が弱いからいけなかったのよ」
涙を流して強く抱きしめるサクヤ龍王さんに、意識が無かった玉面乙女の瞼が開いてその目が合う。同時に失われていた記憶が全て濁流のように流れ込み、その目から大粒の涙を流して泣いた。
「わぁあああああん!」
「玉面!」
抱きしめ合い泣く二人。
そして私は背中から震えて堪える鉄扇ちゃんを抱きしめたの。
「私は、羅刹女姉さんの仇を取れないなんて。私は約束を守れなかった」
「だけど、鉄扇ちゃんは彼女達の心を救ったの。鉄扇ちゃんは活かす道を選んだのよ」
その言葉に、鉄扇ちゃんは振り向き私を抱きしめて泣いたの。
ちょっと苦しかったけど、私は受け止めた。
和解の道。
玉面乙女の心が解き放たれた事で、忌眼の暴走が収まっていく。
それは外界でも激しい血の海からの攻撃が止んでいた。
これで全て、上手くいったのかな。
この仙女院国。
塔戦場での戦いの終幕ってことかしら?
仙女院国の結界が徐々に消えていく。
外界から閉ざされていた仙女院国が露わになったその時、私達は身の毛がよだつ感じに震えたの。とてつもない何かが迫っている?
「な、何!?」
気配が?存在感が?
誰かが私達の目の前に接近して、そして私達の前に姿を現した。
「さしもの俺もこの結界には手が出させずにいた。先に逃げ去った西王母がまだ居らぬと言う事は、何処かで越してしまったようだな。まぁ、良い。目的の宝具は目の前にあるのだからな」
その者は、そのまま。
「!!」
躊躇なくその手を突き出していた。
「ぎゃああああ!」
悲鳴が響いた。
その声は玉面乙女だった。
そして私は見たの。
その一撃はサクヤ龍王さんの背中から貫いていた。
大量の血が噴き出し玉面乙女の顔に浴びせた。
血の再生画起きない傷跡から、相手はカミシニだと分かる。
更に貫く手は玉面乙女の忌眼を掴み、引き抜いた。
左眼が抉り取られている事に。
血を流して苦しむ玉面乙女は、その力が急激に消耗しながら倒れ込むと、
「きさま!許さんぞ!」
その惨状に激怒する蛟魔王さんに、その者は拳を開いて振り下ろしたの。
「ぎゃあ!」
その一撃は蛟魔王さんの全身を斬り裂き、大量の血が噴き出した。
「逃亡者のお前達には消えてもらおう」
更に指先を向けると、その血が鋭い矛のように伸びて二人を串刺しに貫いた。
「!!」
噴き出す鮮血。
その中心に立つ男は抉り取られた鍵を手中に収めて、指先で摘み眺める。
「これが鍵か。世界を終わらすための」
その者、始祖の転生者であり、倶利伽羅の王。
東華帝君
世界をどうするつもり?
「まだ息のある虫がいたか」
「えっ?」
東華帝君は左手を私に向けると、その手から血が伸びて剣と化し、私に放たれたの。
(躱しきれない!)
そう覚悟した直後、その剣は私の前に飛び降りて来た者が手刀で弾き返したの。
私はその背中を見て、気づく。
銀髪に、褐色の肌。
目の前の的に臆する事なく私を守る有志。
「法子は僕が守る!」
「あ、阿修羅?」
彼は阿修羅。
最も頼りになる私のお供。
しかし阿修羅の身体は血だらけだったの。
阿修羅がこの場に現れたと言う事は、残して来た孫悟空達はどうしたの?
そして傷ついた阿修羅に何が?
「性懲りも無く無謀な」
そんなこんな。
次回予告
東華帝君が現れ、戦場は更に激変する。
そこに現れた阿修羅だったが、その身体は既に傷ついていた。




